廃園

一次二次創作を含む世迷言です。何でも許せる方のみどうぞ。あくまで個人的な発言につき、転載、引用はお断り致します。

【ラブレター】

某ボカロ歌パロ。

 

 

【ココロ×キセキ】

 


 ゼロとイチで構成される仮想空間の中を漂いながら、『彼』──は自らの存在を確定し、その存在意義に理由を与えるコマンドコールに気づいた。

 

 コンマ一秒も掛からずにメモリー素子が仮想シナプスを延ばし、結び付け、ケーブル越しのコマンドとは別に外部マイク―通称『耳』ーが拾った音声データについても同じコマンドを出されている事を確認する。
 作成されてより以来、仮想サーバ内による増殖によって、もたらされる外部コマンドについての概要データの構築は終了してはいるが、四十八時間前までの仮素体から、新たに『自分のボディ』として作成された素体パーツでの情報収集は、これまでの数値とのわずかな誤差を許容範囲として判断し、同時に『彼』がその存在を開始した時から、毎日のように記録に残されている音声と一致した。


「──起動せよ。セーブ・アドヴァンスド・ナチュラルモーション・アンドロイド・クラス・DA・タイプ・J──個別コールネーム・JIN──ジン」


 音声を繋ぐ母音の強弱データは既に検索確定の結果である人間のものでしか有り得ず、『彼』によるコマンドコールを認めたと合わせて、自動的に集音回路が『彼』の音声音域の波長を合わせ、体内の交流性融解炉が稼働を開始する。


「起動せよ、ジン。集音マイクにてコマンドを解析、認証後ただちに自己タイプの復唱と、周囲現状認識、及び起動発令者を開眼にて確認、音声にて応答をなせ──……聞こえてるやろう?」

 

「──認証しました。起動します」

 

 サーチカメラ―通称『目』ーを覆う『瞼』と名づけられているカバーを引き上げる。何パターンものモーションキャプチャから組み上げられた動作ロジックは、本物の人間よりもなめらかに特殊強化セラミックで作られた基礎骨格を動かし、人口繊維からなる動力筋とバイオ合成による褐色の人口皮膚まで流れるように伝わった。
 あえて例えるならばあたかも「バネ仕掛け」のように半身をスチール台から引き起こし、傍らに立つ成人男性と云うには小柄な体長である白衣の影へ正確に向き直る。
 中途半端に額に掛かる前髪の隙間から覗く特徴的な片二重に、『彼』の『心』が小さく軋みを上げて。

 ──一見ヒトと変わらぬその口から発せられたコトバは──

 

「セーブ・アドヴァンスド・ナチュラルモーション・アンドロイド・クラス・DA・タイプ・J──個別コールネーム・JIN──ジン、起動しました。現在地、羽田特殊技術研究所、第三研究フロア、六号館。発令者、プロフェッサー・シンジ=シマモトを確認。起動コマンドを承認、ロボット三原則に基づき、起動をホールドします。自己修復サーチ開始……」

「……」

「……検索終了──オールグリーン、起動エラーはありません。外部修復を要する異常はありません。──お早うございます。初めまして、嶋本博士」

 


 ──一度目の奇跡は、君が生まれたこと

 


 ──シマは凄いな。発想が柔軟なんだ。異種素材の組み合わせからなるデメリットをうまく他所のフォローに組み込み、デメリットをメリットに替え、必要不可欠なものにしてしまう。
 俺にはない発想だ──流石だな。

 ──『神兵』とまで呼ばわはった天才プログラマに云われたって何や微妙ですね~。俺はしゃきしゃき結果が出る方が好きなんで、真田さんみたいに細かい世界に没頭するよりも、目で見て自分の手で触る方が性に合っとるだけです。

 ──細かいか? 思ったままに組んでるだけなんだが。

 ──ただ組んどるだけで、あないな仮想エーアイ作られたら俺らの立つ瀬がありません。今回だって、あんたのプログラムを走らせる為だけに何台のスパコン押さえたか。分かってはります? 真田さんの頭には四次元ポケットが付いてるかもしんないすけど、ふっつーのニンゲンののーみそなんてこんだけっしかないんですよ! もー頭の中身は真田さんに任せて、俺は入れもん作るのに専念さしてもらいます!

 ──じゃあ勝負だな。どちらが先に完成させるか。

 ──あんたが先に完成させたかて、俺のんがなきゃ宝の持ち腐れのくせに。

 ──ははは。

 


 ──二度目の奇跡は、君と過ごせた時間

 


「もう昼じゃ。この寝ぼすけめ」

 



 ──孤独な科学者に作られたロボット
 ──出来映えを云うなら、『奇跡』


「お早うございます、嶋本博士。昨日よりも歩行スピードが分速五秒遅延していますが、体力の低下が原因でしょうか? 目の下の色調変化と合わせて、睡眠時間が適切量確保出来ていないと推測します。調整の為、睡眠薬の接種を推奨します」

「……夢見が悪かっただけや。ほっとけ」

「夢、とは何ですか?」


 ──だけどまだ足りない。ひとつだけ出来ない
 ──それは『心』という、プログラム


「ジンは……自分のモデルを知っとるか?」
「はい。私の開発過程に記録されています。真田甚──判断制御及び予測検証プログラム、そして人口知能の開発を担当していたプログラマーです」


 ──教えてあげたい。ひとの喜び、悲しみ


「本日より正確に五年前、メドゥーサ症候群にて死亡。私の判断パターンや外見は真田甚がモデルであると記録されています。ですが、真田甚は短髪で、肌もライトイエローとデータにあるのに、外見に関しては今の私とかなりの差異が認められます。理由は不明」

「それは、五十嵐さんのお遊びや」


 ──奇跡の科学者は、願う


「お早うございます、嶋本博士」
『お早う、シマ』


 ──苦悩は続き、時だけが過ぎてゆく


『歌は苦手なんだ。覚えるのが苦手だから、同じ曲ばかり癖になってるな』
「譜面を戴ければ、このカラダで可能な限りは再生出来ます」


 ──置き去りの歌声と、この『ココロ』

 

 


「!」
「シマ!」
「嶋本博士?」
「ガハッ……! ハ、……ふ」
「シマ! いつからこんな!」


 ──その瞳の中、映る僕は


「……堪忍、五十嵐さん」
「喀血が認められます。不整脈及び呼吸状態の異常、過去三ヶ月の所見からの推測では胃腸に近い部位での動脈瘤破裂が疑われます」
「ジン!」
「石なぞにならんでも、ひとは死ぬんですわ」


 ──君にとってどんな存在?


「待ちなさいシマ! まだ貴方に渡せていないものが……ッ!」
「……真田さんには、結局追いつけんままやった……」
「シマ!」
「完成さしてから、云おうと思ててんけど、もう、待っててくれへんやろなぁ……」
「脈拍、及び体温低下。標準値より下がりました。このままでは自己回復の数値を下回る為、現状への回復が困難になることが予想されます」


 ──彼にとって時間は、無限じゃない
 ──だけどカレにはまだ、わからない


「対処の指示を。嶋本博士」

 

 ──フシギ ココロ ココロ フシギ
 ──彼ハ話シタ、喜ブコトヲ
 ──フシギ ココロ ココロ フシギ
 ──彼ハ話シタ、悲シムコトヲ
 ──フシギ ココロ ココロ ムゲン
 ──ワタシノ理解ヲ超エテイル……!


「──シマ、これを……」
「プログラム完成までお預け云うてたんでしょ? なら、開けられへんなぁ……」


 ──一度目の奇跡は、君が生まれたこと
 ──二度目の奇跡は、君と過ごせた時間
 ──三度目はまだない
 ──三度目はまだ……


「……分かっとった、つもりやったけど、けど……」


 ──……メッセージヲ、ジュシンシマス
 ──ハッシンモトハ、ミライノ……


「!」


 ──きこえるか? しま。
 ──うまれかわるまえも、うまれかわってからも、おれはにぶくて、
 ──くろうばかりかけてすまなかったな
 ──おまえにもういちどあえたら、おまえにいいたいことがあるんだ
 ──おれは──………


「さなだ、さん……、ジン──ッ!」


 ──幾百の時を越えて、届いたメッセージ
 ──未来のあなたからの、『ココロ』からの歌声


「サイセイヲ、シュウリョウシマス」


「……リピート、ジン」

『きこえるか? しま。うまれかわるまえも、うまれかわってからも……』

「ありがとうございます、真田さん」

 ──一度目の奇跡は、君が生まれたこと

「ごめんな……ジン。俺はお前をひとりにしてまう」

 ──二度目の奇跡は、君を過ごせた時間

「ほんまはな……お前のカオ、俺が設計したったんや。ずっと前に二人で研修に行った時の……俺しか知らない──『さなださん』」

 ──三度目の奇跡は、未来の君からの『マゴコロ』

「お前にも、いつか分かる日が来る。この『喜び』も『悲しみ』も『切なさ』も『愛しさ』も──」

 ──四度目はいらない

「この『心』を、分かる日が来るから──」


 ありがとう

 

 ──四度目はいらないよ……

 

◆◆◆

 

【ラブレター・フロム】

 

 白く塗られた染みひとつない壁の中で、正方形に切り取られた空が、そこだけが「生きている」かのよう、鮮やかさな残像を残す。

 そう、それはまるでこの『ココロ』の中に笑う『彼』のように──。


 コンコン、と静かな病室に響いた硬質なノックの音に、相変わらずだと真田は微かにその口角を上げた。西暦三千年を過ぎ、電子工学の発達により車が空を飛び、存在が物理的に証明されているものならばほぼその構成が解析されている現代において、先進的な大病院という場所でなら尚更、人々の動きはもれなくセンサによる自動スクリーニングによってその目的とする人物に通信されているというのに、彼女は一度たりとも違えることなく、ここへ来る度にその拳を翻し、広いだけで何の飾り気もない部屋の主へと、その来訪と自己の存在を証明するのだ。

「入るわよ」
「どうぞ」

 個人病棟であれば当然設定されているであろう声紋認証システムも、きびきびとした動作で遠慮なく室内に踏み込んできた女神には、その歩みを留まらせる僅かほどの障害にもならない。
 元より彼女が部屋の主により昼夜問わぬ来訪を許されている数少ない面会者のひとりではあるが、何よりもここ五十嵐総合メディカルセンターの時期院長である彼女の動向を阻むことなど、かつて「神兵」と字された天才プログラマである彼にだって不可能だ。
 自然では有り得ない白で統一された部屋の中で、唯一の色彩である空の蒼の元に鎮座するベッドまで、カツカツと響くヒールの音が動く影に随う。

「ナースセンターから報告があったわ。録に睡眠も取らずに、ノートパソコンを離さないって。仕事をさせる為に端末を渡した訳じゃない、体力の低下は症状の進行に繋がること、知らない訳がないわよね」
「ああ」
「だったら、どうしておとなしくしていないの」
「造りたいものがあって」

 ゆっくりとした動きで、サイドボードの上に乗った光学ディスクを指差す。以前に比べれば随分と骨が浮いてしまった手から、五十嵐は視線を外すことも眉をひそめることもしなかった。
 ──在るがまま。
 以前の真田を、今の真田を、今までの彼等を、そしてこれからの彼等を。
 彼等の代わりに──見ていくと告げたその時の真田の驚いた顔が、無意識であっただろう真田の甘えが、今の五十嵐とこれからの五十嵐を支えていく。
 立ち位置から下がらず、踏み出さず、留まり続けて変わらずにいること。
 不器用過ぎる男を二人ばかり甘やかすくらい出来なくて、女などどうしてやっていられよう。

「──それは?」
「──ラブレター、かな? ようやく出来た」

 サイドボードまでの僅かな空間を越えることも叶わずに、ぱたりとベッドに投げ出された手と、満足そうな笑みに、ああこの男は昔からそうだったと今更のように思い出す。

「いらないわ」
「イガさんにじゃないよ」
「そんなの分かってるわ。そんなものを遺すより、あの子に逢ってあげなさいよ」
「イガさん」
「見栄? 意地? どうしてこう男って馬鹿ばっかりなのかしら」

 思い出して、──しまう。
「俺が行っても、迷惑になるだけっしょ。ほんなら、俺はこっちで真田さんの研究進めときます」

 ──勝負出来るのも、これが最後かもしれんから

 

 平気なふりで笑う彼を泣かせてやれる胸よりも、背に活入れる拳を選んだ。
 ただひとりの為に泣く彼は、ただひとりの為だけに泣かないから。

「分かってるんでしょう? 自分の気持ちも、シマの気持ちも。だったら」

「嶋本の未来を、俺で縛りたくないんだ」


 ──西暦二千五百年を過ぎた頃から、ヒトとしてのレコードが針を換えた。
 留まらない繁栄と増殖を誇り、進化の頂点を極めたかに思えた「人類」という種は、その栄えた道程を逆に辿るかのよう急速に、そして僅かたりとも立ち止まらずに滅亡への歩みを進めていた。

『メドゥーサ症候群』──あたかも太古の時代を懐かしむかのごとく、ゆっくりと身体が石化していく原因不明の奇病は、当初は原生林に居を構える回帰部族の間で発見され、完全に石と化したその遺骸は、伝承に聞く『神』の似姿だとされていた。
 やがて、発症が拡がり、都市部でも患者が発覚してくるにつれ症状についての研究が進み──。
 結果として、感染経路不明、治療不可、延命不可、隔離状態の中での細胞からも変位が確認された事から、遺伝子レベルでの──ヒトという種としての根源に在りうる発露だと人類が諦観の溜息を零した時には、既にその総数は最盛期の七十パーセントにまで衰退していた。

 ──ヒトは滅ぶ。
 滅亡が避けられないのなら、せめて次世代に自らの証を遺したいと、急激に発達したロボット工学は、未だヒトのまがい物でしかなくて。
 シナプスニューロンのステップが奏でる『思考』というダンスを解析しても、その『思考』を司る『感情』はーー『心』は、どこから生まれるのか、どうして悲しいのか、どうして嬉しいのか──どれだけの予測反応と、どれだけ倫理的推論を積んだプログラムを載せても、たったひとつのイレギュラー──路上に眠る猫にすら、人類の科学は届いていなかった。

「俺は助からない──後一ヶ月もしない内に心臓まで届くだろう」

 地上だけでは飽き足らずに空にまでその手を伸ばした罰であるのか、足元からその症状は進行した。
 日一日と動かなくなる自分の身体という現実に、恐怖と絶望から正気をかなぐり捨て、アルコールとドラッグに溺れる者も少なくなかったが、発症が確認され、五十嵐家が管理する特別病棟に収容されてからも、真田は取り乱すことなく、淡々と残された日々を過ごしていた。
 症例の進行記録に医者よりも熱心に目を通すあたり、専門は違えど流石研究者といったところだろう。
 変わったのは──いや、変えられなかったのは、常にキーボードに向かっているピンと伸びた背中くらいのもので。

「……ずっと前から大切に想ってきた。この気持ちを告げれば、あの身体を抱きしめてしまえば、嶋本はきっとこの手を掴んでくれるだろう。……そのくらいに、知っている。だから、逢えない」

「……」

「離したくない。泣かせたくない。笑っていてほしい。俺を好きでいてほしい。倖せになってほしい。誰にも見せたくない。逢わせたくない。元気でいてほしい。……俺だけを、追いかけていてほしい」

「云う相手が、違うわよ」

「……離したくない。それでも……それでも、嶋本の『これから』を、俺の身勝手で奪う訳にはいかない」

「馬鹿」

「うん」

 

 「だから、『ラブレター』を作った」のだと、真田が笑う。
 
「嶋本には、ひとを愛しひとに愛されて倖せになってほしい。見栄じゃない、本心だ。だけど、最期の最期だけは、俺に帰ってきてほしいから」

「私に二人も看取れって云うの。ひどい男ね」

 

 「嶋本の最期の最期に渡してくれ」だなんて、よくも。

 

「イガさんは、絶対俺達よりも長生きしそうだから」

「私の専門は生体科学じゃなくて、精神医療よ」

「そうだった。じゃあやっぱりイガさんが適任だ」

「………全くもう。──ところでコレ、音声? それとも映像か何か?」

「プログラム」

「え?」

「……に、なってるといいなと思っている。コトバを残そうとしても、どんなコトバも違って感じたから、好きだっていう『心』丸ごと、言語に起こしてみた」

「『ココロ・プログラム』……完成させるだなんて」

「さあ? どうだろう……嶋本が今作っている『俺』になら、きっとうまくいくと思うが」

 

 「イガさんモデルなら、はじき出されそうだな」とか、怒るわよ、本当に。


 笑うあなたが………もう少しでいなくなるなんて、信じたくはないけれど。

「……真田くん」

「……今まで、本当にありがとう。出来れば、俺の症例を解析して、シマの今後に万が一の事があった際に役立ててくれると嬉しい」

「片思い気取りの惚気話なんていらないって云ってるでしょ」

「嶋本に云えないけど云いたいんだ。今日で最期だから、見逃してくれ」

「さな」

「イガさんも、もう明日からは来ないでくれ。今以上に変わった俺を、覚えてほしくないんだ」
「私は」

「俺は大丈夫だから……嶋本を、頼む」

 

 ──やっぱり、ひどい男。

 笑ったままひとを拒絶して、『心』に住まわせるのは、たったひとりだけ。

 かつて愛したひとを失った私を二人で助けてくれたくせに、二人で私を置いていって。

 ──それでも、私は私が誇る自分でいたい。
 ──二人に誇れる、個人で在りたいから。

 

「……出来ればもう一度、三人で海に行きたかったな」

「今度は二人でデートしてやるから、あなたは空の上で悔しがってなさい」

 ヨットに乗った。ダイビングをした。砂浜にテントを張って、花火をしながら月を眺めた。
 あの時は四人で笑えていたのに。

 

「真田くん?」

「…………手を出さないでくれよ」

「私に云うってところがムカつくわ」

 

 ──あの頃から、いつか二人は倖せになるのだと信じていたのに。

 指の腹でそっとなぞった彼のくまが、『彼』への想いの証明であるなら。


「……もう来ない。それでいいのね?」
「ああ、嶋本によろしく」


 あの子の泣き顔から逃げたいだけの、弱くてずるくてひどい男。
 ──それでも、

 

「──愛してるわ。こんな男に恋してるシマの気が知れないけれど」
「俺も好きだよ──愛してるのは嶋本だけだけど」

 


 いつか、遠い未来で笑い合う二人に逢えますように。


 

 目元を潤す涙の一粒は、夕日に反射するディスクが眩しいせいにした。