廃園

一次二次創作を含む世迷言です。何でも許せる方のみどうぞ。あくまで個人的な発言につき、転載、引用はお断り致します。

【GO】優しい雨なら悪くない

 

「雨」「果実」「仕事」

いただいたお題より

 

 

 

 

 

 初めての雨を覚えている

 

 天使の姿を真似て作った「人型」は、陽を照り返す鱗もなく肉を噛み裂く牙もなく、どうにもひ弱で頼りなく思えたが、それでもまぁまぁ天使と並び立つ程度には様になっていたと自負している。黒い羽に黒い衣、腹の赤い色はちょっとした自慢だったから髪とやらに乗せてみた。いい感じじゃないか。なあ。

 

 神の作りたもうた箱庭で微睡む「人間」にほんの少しばかり誘惑を仕掛けてやったら、そりゃもう効果は抜群だった。少々堕落させてやれと囁いた悪戯に天使までもが乗り気になったのは意外だったけれど。だって天使だぞ? 神の言うままに動くだけの人形共に反逆する楽しみを教えてやったとして表彰されたっていい結果だ。その為にあの臭くて汚い地獄に戻るのは御免被るが。

 

 あの日から何度も雨に当たった。パラパラと降る日もあれば、世界を押し流すような嵐にもあった。あの時ですらお前は神を「本当に」信じていたんだろうか。無論信じていなければ堕天使となって俺の仲間入りだろうけど、お前が変わるのは見たくない。お前はお前のままで俺の「仲間」でいて欲しかった。

 

 世界に初めて雨の降った日、天使のくせに悪魔に羽を差し出したお前のままで。

 ずぶ濡れになりながら、「きみが濡れてしまう」とまぬけに笑った顔のままで。

 

 六千年、六千年だぞ、なあ、あれから何度世界に雨は降った?

 何度お前は俺に傘を差し出した? 

 奇跡的に濡れてないスコーンを抱えながら、ふたりで何度あの古書店の扉に駆け込んだことだろう。

 古びたパピルスの匂いに、甘いココアの匂い、オーブンで温めたさくさくのスコーンと、俺の為のブラックコーヒー、杯がすすめばチーズにワインも増えた。

 何度も何度も手土産を携えて古書店の扉を開けた。アブラカダブラ、呪文など唱えなくとも、天使の扉を開けるコツを俺はちゃあんと知っている。焼きたてのタルト、限定のケーキ、贅沢なチョコレート、なんだって知ってる。

 あの小さな一室が自分にとっては世界そのものだったのだと告げたら、はたしてあの鈍い天使は何か思うところに気づいてくれるだろうか。

 

 いろんなことがあった。何度も何度も喧嘩だってした。仲直りはよくわからない。大抵嫌な予感がして目覚めてみれば、「予感通りに」天使がまずい事になっていて、いろいろごまかすのに苦労したもんだった。悪魔を教会にまで呼んで永遠の生命を賭けたギャンブルだってさせるのだから、まったく俺の天使様は大したもんだった。いつの間にかうやむやになる。言いたかった事も言わなきゃいけない事も言ってはいけない事もうやむやになって、俺たちはいつも次の日には「なんでもないように」いつも通りに過ごした。

それからもサタンの申し子の発現。家庭教師と庭師として無関係の子どもを養育した日々。はちゃめちゃな誕生日パーティ、一度はお前を失って、もう世界などどうでもいいと投げ捨てたけど、それでもお前が諦めなかったからには俺だって諦めるわけにはいかなかった。

 

 そうして世界からハルマゲドンの危機は消え去り、サタンの申し子は「普通」の男の子?になって、「元」地獄の番犬と仲良く知恵の実をかじりながら今日も裏山を走り回っている。

 

 俺たちか? 俺たちは変わらないようで少し変わった。

 言いたい事も言わなきゃいけない事も隠さなくなった。言いたくない事も言って喧嘩もするけど、紅茶とケーキで仲直りの儀式をするようになった。

 そうしてふたり今も一緒にいる。

 昨日収穫した庭の林檎が傷む前にと天使は朝からせっせとキッチンにこもっている。何を作っているのか訊いても「内緒だよ」と教えちゃくれなかったが、流れてくるシナモンの匂いでまぁ想像はつく。

 今日は軽く小雨が降っているから、庭にシートを広げるのは諦めて、テラスに取っておきのテーブルクロスを張ろう。後は天使がお気に入りのカップティーポット、ピッチャーにミルクは多めに。雨の日だって今日も完璧なティータイムだ。

 

 「クロウリー! もう少しで出来るからお茶の用意をお願いしてもいいかな?」

「お望みのままに、天使様」

 

 お前は俺をそのアップルパイで誘惑する。

 俺はお前にありったけのアイを返す。

 アイジョウとやらは悪魔である俺にはよくわからないが、お前が楽しそうに笑うのは見ていてとても気分が良くなるから、今俺はお前をアイしているんだろう、きっと。

 ハルマゲドンの一件以来、地獄からも天国からも余計な干渉はないが、もはやいちいち騎士王の望みとも劇作家の悩みにも関わる事なしに、俺たちはこの静かなコテージで日がなお互いの仕事を交換している。

 

 最近めっきり菓子作りの腕を上げた天使様お手製のアップルパイは、罪の味なんかシナモンで煮溶かした甘い甘いとびきりの誘惑の味がした。