廃園

一次二次創作を含む世迷言です。何でも許せる方のみどうぞ。あくまで個人的な発言につき、転載、引用はお断り致します。

【SSS−03】

 

 


[chapter:■009:おひるごはん■]


 休日の晴れた日には 庭の木陰にシートを引いて
 大きなバスケット一杯に ぎゅうぎゅうに何を詰めようか?

 サンドイッチにコールスロー フライドチキンに手作りのピクルスだって
 昨日から仕込んだバゲットも そうそう 美味しいお水も忘れちゃいけない

 特別なものは 何一つ 要らないから
 (リビングからポット持ち出しますね)
 その代わり 僕の傍で 僕と一緒に
 (御願いだから、手伝うよりも其処に座ってくれる?)

 たわいのない 自宅の庭のお手軽ピクニックでも
 あなたが居てくれるだけで ほら 最高級のフルコースになる

 インスタントコーヒーと 汲み上げたばかりの清水と
 それだけでそれなのに ほら カップ鳴らして乾杯しましょう?

 僕たちの おひるごはんに
 良く晴れた 休日の正午に

 そして相変わらずな 不器用で 誰より優しい 
 照れ隠しでこっちを見ない 僕だけのあなたと あなただけの僕に

 あなたと一緒の 今この瞬間に

 

 

[newpage]

 


[chapter:■010:海■]


 深く暗い水の底から、キミの姿は見えるだろうか

 さざめく波音を頭上に聞いて
 深く深く潜ろう 誰も居ない場所へ

 舞い散る事なき砂を踏み締め
 歩けるだろうか? 光すら届かぬ地で一人

 キミの貌が見たい
 けれど逢えば引き寄せずにはいられない

 キミの声が聴きたい
 けれど聴けば抱き締めずにはいられない

 雲無き空に満ちる月だけが夜を渡る
 渺と奔る風だけが海面をなぜてゆく

 触れずにはいられない ならば
 熱に浮かされ手を差し伸べても ほら キミに届かぬ地に往こう
 夢の中でキミの名を叫んでも そう 韻すらキミに聞こえぬように

 原初の闇の中、白いだけの砂浜
 古より変わらぬ過ぎゆく 月よりも遠い世界で

 男が立つは 深遠に一人
 彼の人が座すは 静かの海

 

 

[newpage]

 


[chapter:■012:安らぐ場所■]


 やすらぎ【安らぎ】………平和で満ち足りた気持。
 へいわ【平和】………心配・もめごとなどが無く、なごやかな状態。
 なごやか【和やか】………怒った顔色やとげとげしい空気が見られず、親しみが感じられる様子。
 したしみ【親しみ】………親しい感じ。
 したしい【親しい】………お互いに気心が分っていて、遠慮なくつきあえる状態だ。
 きごころ【気心】………(お互いに分り合えるかどうかという観点から見た)人の気持や性質。

 

 ───最初から、自分に居場所など無くて。

 「安らぎ」だとか「平和」だとか、そんなモノは脆弱なヒトの戯言に過ぎないと思っていた筈で。

 自分の居場所が無い事にすら気付かず、かつて世界を欲した昔。
 自分を遺した者の遺志もあろうが、………本当は、「世界」に重ねて何を欲していたのか。

 誰も自分を知らない、必要としない、名前も呼ばない、………そんな「世界」で。
 力と恐怖で世界中の人々を制圧して、自分は何をしたかったのだろう。何を望んでいたのか。

 誰も呼ばない自分の名前─────呼ばせたかったのだろうか。例え無理矢理にでも。
 世界に何の要求も無かった─────知らせたかっただけなのだろうか。誰も呼ばない、自分の名を。

 たったそれだけが望みだったのだろうか。自分を見ない「世界」に。自分を呼ばない「ひと」に。


 ───窓ガラス越し、見上げた月は何も云わない。
 雲一つ陰らない晴れた夜なのに、何故か星の瞬きは一筋も見定める事は叶わず。

 タールを溶かし込んだかのような夜の闇に、無言でただただ浮かぶ、上弦の月


 「………………眠れないの?ピッコロさん」

 小さく掛けられた声にふと今のこの場を認識する。
 カーテンの隙間から漏れ差し込む月明かりが余りに幽けく、そして眩しく。
 ただカーテンを直すだけのつもりで、悟飯を起こさぬようそっとその腕から躯を抜いたつもりだったのに、我知らず物憶いに捕われていたらしい。

 何かに呼ばれたような気がして眸が覚めた。───呼んだのは、月か、過去か。

 「………何でもない。ちょっとカーテンが乱れていただけだ」
 「─────まだ、起きるには早い。……もう少し、眠りましょう………?」

 自分達以外誰が聞いている訳でもないのに、囁くよう声が、微かに笑う。
 振り返れば、常より大きなベッドの枕に片肘を付いて身体を起こし、何も問わない貌で自分を見つめる青年が一人。
 明日も出勤を控えている青年の、ほんの僅かのさまたげにもなりたくなくて、そっとそおっと抱く腕を外したつもりだったのに、その表情から、黙って笑う青年が初めから気付いていた事を知る。
 
 微かに漏れた溜息の所以は自分にも解らないまま。

 「………眠りましょう?……………………ほら」

 横向きに身体を起こした姿勢のまま、青年が黙って毛布を捲りあげる。─────そのままぽんぽんと大きな手がシーツを叩いて。

 何か考えるよりも一歩、青年のベッドへ踏み出した自分に、ピッコロは今更何の違和感も見出せなかった。そのままするりと青年が上げた毛布の隙間に滑り込み、剥き出しの肌に触れるシーツの冷たさと、黙って自分の肩を抱く青年の体温の高さに、自分の身が冷える程の時間、青年も自分を見ていたのだと云わず知らされる。
 
 ───何か云うより早く、想うより先に、心がその熱に解かれてゆく。


 「……………朝まで、こうしていましょうね……………」


 何も云えず、黙って眸をつむってしまったけれど、それでも青年には十分な筈だった。
 昔は片手で掴めた幼子の、これだけは変らぬ温かく優しい感情が、ひたひたと心に寄せては満ちてゆく。


 ───名残を惜しむかのよう、月に今一度呼ばれた気がしたけれど。

 ─────包まれる熱に、何を考えていたのか忘れてしまった。

 

 あんしん【安心】………心配が無くなって気持が落ち着く様子。

 

 ※語句説明………三省堂新明解国語辞典より抜粋

 

 

[newpage]

 

 

[chapter:■013:心音■]


 
 …………とくん、…………とくん、と耳朶を打つ響き。
 笑い、泣き、怒る、───それは生命の脈動。

 ───生きている、胸の太鼓。


 眠るあなたを抱き締めて、滑らかな胸元に耳を寄せる。
 静か静かに、それでも確かに、止む事なく響く鼓動に泣きそうになる。


 ───今だって夢に見る、
 視界を灼く白光、逆巻く風、肌を刺すエネルギー、───立ちはだかった、背。

 ……………飛び起きては声を殺し。

 食いしばった歯は唇を破り、
 握り締めた指は手の平を裂いて。

 あの日あの瞬間の自分に、今日の日の力が在ればと。

 ───どれだけ泣いて願っても、
 砂時計の砂が溢れるように、あの日この手から滑り落ちた生命。

 ───「時」が止まった、あの、「瞬間」


 頬で腕で全身で感じる、自分より少し低い、それでも確かに暖かい身体。
 ───生きている、あなた。

 ─────それだけで、嬉しい。
 ─────それだけが、嬉しい。


 知らず抱き締めた腕に力を込めれば、
 とくん、とくん、と規則正しく聞こえていた鼓動が慌てたよう急いて。
 ついと貌を上げ覗き込んだ恋人の、深紅の瞳孔だけがひたと合う。

 どきどきどきどき。

 「………………………起こしてしまいましたか?」
 「……………別に」

 ───にこりともせず云い放つ、その言葉はそっけなくとも。

 どきどきどきどき。

 「………………大好きですからね、ピッコロさん」

 ───どき。

 「………………いい加減聞き飽きた」

 どきどきどきどき。

 「………ピッコロさん、何も云わなくても正直なんだから」

 ───どき。

 「………………知らん」

 どきどきどきどき。


 暖かい身体、生きているあなた、───大好きなあなた。
 スタッカートのリズムに変わる、その鼓動すら僕には愛しい。

 

 


[newpage]

 

 

[chapter:■044:君の、となり■]

 

「お前………どうしたんだ? それ」
「キレイでしょう?」

 ただいまのキスもそこそこに差し出されたのは───両手一杯の、桃の枝。


「今日は雛祭りで桃の節句ですからね。やっぱり桃の花がなくっちゃ!」
「だからといってこんなに切ってくるヤツがあるか」
「大丈夫ですよ。これは大学の温室で育てている桃で、この時期に合わせて剪定して切ったものですから」
「温室?」
「ええ、桃を研究しているグループがあって、その人たちが育てているんですよ。すごいですよー! 今研究棟は桃だらけです」
 教授たちもたくさん持って帰ってましたよ、とネクタイを外しながらにこにこ笑う悟飯は本当に楽しそうで、昼間に掛かって来たチチの電話にピッコロは成る程と一人納得した。

『あの子は小っせえ頃から雛祭りが好きでなぁ。オラんちには女の子は居ねぇだのにいっつもはしゃいでな、オラがお父から貰った雛人形飾ってやればいつまでもじーっとご機嫌で眺めてるだ』

「僕ね、雛人形ってすごく好きなんですよ」
「らしいな。チチから電話があったぞ。取りあえずちらし寿司は準備したが、アレでいいのかオレは知らんからな」
「ピッコロさんの手作り?」
「他に誰が作るんだ誰が。デリバリー買いに行くより作った方が早いだろうが」
「やった! いいぞいいぞ〜桃の花にちらし寿司もあってちゃんと雛祭りだ! こんな事ならやっぱり雛人形買って来たら良かったなぁ」
「ウチに『オンナ』は居ないだろうが。大体なんでそんなに『雛祭り』とやらが好きなんだ」
「だって憧れだったんですよ」
「憧れ?」
「お内裏様とお雛様がキレイな格好で並んで座ってて、いろんな縁起物に囲まれて、何だかすごく『らぶらぶ』な感じがするじゃないですか」
「………………そうか?」
「ウチはお父さんがアレでしたからね………お母さんも結婚写真とか家の中に飾ってなかったし、でもお爺ちゃんが雛人形は飾ってくれて」
 ………………まぁ確かにアレだ。仲は良いが憧れにはなりにくい。
「………並んで座ってるお雛様を見ながら、絶対ピッコロさんをお嫁さんに貰うんだって、ピッコロさんにお雛様になってもらうんだって、思ってた」
 ………………聞かなければ、よかった。
「どうしよう、今からでも雛人形買って来ようかなぁ」
「………雛人形なら、ある」
「え?」
 がっかりするだろうけど。
「チチに人形はあるかって聞かれて、無いと応えたらすぐに持って来やがった。メインの人形だけだがな。テレビの上に飾ってある」
「さっすがお母さん! じゃあもうばっちりですね!」


 ガチャッ!

「なぁ!」
「───ッ!!!」
「……………」
「なっこ、これ………!」
あーすまん。そんなに壊れ易いものだとは思わなくてな」
「みゃっ!」
「………そんなぁ」
「一回取れる事を覚えたらもうずっとお気に入りでな」
「なーん」
「僕の………うう………」


 リビングへと続くドアを開けた二人の視界には───。
 大皿一杯のちらし寿司と、
 ほんわりと良い匂いを漂わせているすまし汁と、
 ソファの向こう、テレビの上にちんまりと飾られているお雛様と、
 足元に転がる首無しのお内裏様………と、思しき物体と、
 胸を張り、尻尾をぴんと立てた得意気な金色の子猫。


 その後、涙で気持ち塩辛いちらし寿司を完食したお内裏様が、小さいながらも一軒家の大捜索を敢行したが目的のものは見つからず、雛祭りを過ぎること三日後、「ソレ」は数えきれない程の咬み痕と共に小さな寝床の下から発見されたのだった。