廃園

一次二次創作を含む世迷言です。何でも許せる方のみどうぞ。あくまで個人的な発言につき、転載、引用はお断り致します。

【ちいさなこいのうた2】

 

 


■ちいさなこいのうた 2

 


 ひろいうちゅうの かずあるひとつ あおいちきゅうの ひろいせかいで
 ちいさなこいの おもいはとどく ちいさなしまの あなたのもとへ


「やーいい式でしたね! 嫁さんは綺麗だし飯は旨かったし!」
「そうだな」


 あなたとであい ときはながれる おもいをこめた てがみもふえる

 
 所々に街灯が灯る住宅地の道を二人並んで歩く。
 綺麗に晴れた夜空には、ほんの少し傾いた月がぽっかりと浮いていて、アスファルトに並んだ影を思いの他はっきりと浮かび上がらせていた。


 いつしかふたり たがいにひびく ときにはげしく ときにせつなく


 本日めでたくお披露目となった同僚兼後輩兼教え子の華燭の典は、安定した生活を望むうら若き女性陣と、日頃のむさ苦しさの鬱憤をここぞとばかりに晴らそうとする独身公務員に囲まれて、騒がしさには馴れている筈の宴会担当者にして「もう暫く筋肉は勘弁願いたい」と云わしめた一幕に終わった。
 当然体力と肝臓には自信がある海上保安官としては、祝い事なら尚の事、二次会三次会もどんと来い! と云いたいところであるが、いかんせん待機の身の上ではせっかくの宴に飲酒もままならない。
 非番を誇って片端から杯を干していく同僚を無言でねめつけながら、心ばかりの祝いを贈って一次会で座を辞した二人であった。

「狙った笑いも長倉のお陰でそこそこ取れたし、これでこんまま呼び出しがなければ云う事なしや!」

 アルコールが入っている訳ではないが、場の雰囲気に酔ったとでも云うのだろうか。ひやりとした夜の冷気がほてった頬に気持ちよい。
 これでも可愛がってやったつもりのヒヨコの門出に、誘われれば嫌とは云えない長倉を引っ張りこんで選んだのは定番通りのラヴソング。
 「おめでとう」「幸せに」と祝う気持ちは嘘じゃない。日に焼けた顔をどす黒く赤らめて照れていた教え子に、これからの幸せを願ってやまないのは本当だ。

 ───ただ少し、羨ましくもあった。
 好きだと告げて、気持ちを通じ合わせる奇跡を、当然の権利として持っている彼らを。


 ひびくはとおく はるかかなたへ やさしいうたは せかいをかえる


 披露宴へは真田も共に招待されていたが、当然バディである二人の事、席も隣同士で手配されていて。
 独身でスタイルもよく、安定した高収入の色男となれば、さぞや新婦側の友人が色めき立つだろう事は想像にたやすい。
 嶋本が見る限り、真田が積極的に異性と関係を深めようとはしていないようだが(素っ気ないのは単なる天然だ)、ここぞとばかりに着飾った女性陣にアピールされて嬉しくない男はいないだろう。
 脳裏に浮かんでしまった「柔らかい笑顔で談笑する真田」に胸が痛くなってしまって、自分達の出番が来るやいなや、長倉をマイクスタンドまで引きずった。

 祈り、願い、届けとうたう恋唄は、ともすれば自分に重なって思えてしまい、思わず自分の中の何かが零れそうになるのを、緊張からかぎくしゃくと音を外す長倉が救ってくれて。会場をどっと沸かせる笑い声に、自分の在るべき立場を自覚して、後はただ届けと歌に祈りを込めた。


 あなたはきづく ふたりはあるく くらいみちでも ひびてらすつき
 にぎりしめたて はなすことなく おもいはつよく えいえんちかう


「ああでもちょっと驚いた」


 えいえんのふち きっとぼくはいう おもいかわらず おなじことばを


「嶋本は歌が上手いな」
「そおですかー? まぁ上手いのなんて上見たら切りがないし、ああいう場ではノリを確保する方が重要っすよ隊長」
「そんなものか?」
「そんなものです。感動は親御さんに置いておいて、同僚なんてもんは笑いを取ってナンボでしょ! あないに音外すなんて長倉の奴ええ仕事しましたわ!」

 どうか健やかに、どうか幸せに。いつでも笑ってて。辛い事などおきませんように。あなたがあなたのままで、いられますように。
 あなたの幸せを、ただそれだけを願うから。

 叶うだなんて大それた望みは持っちゃいない。
 それでも願いや祈り、目に見えないそんな気持ちがあなたを少しでも護るなら。
 ただ届けと願う。届いてそうして消えてしまうだけの祈りでも、それが少しでもあなたを護る事が叶うなら。
 
 けして赦されない想いでも、自分はそれを誇って心に抱き締め続けるから。

 いつの日か、愛する女性の手を取るあなたの幸せを、今日の日よりも何よりも、誰より深く、祈るから。


 それでもたりず なみだにかわり よろこびになり


「練習はしなかったのか」
「時間合いませんでしたしねー。最近まで遠距離て聞いたからあの曲に決めたぐらいで、後はぶっつけ本番ですわ」

 いつか未来のその日が来たら、誰よりおかしい道化になろう。 
 あなたがつい笑ってしまうような。愛する誰かと笑い合えるような。


 ことばにできず ただだきしめる ただだきしめる


「でも上手かった。いい曲だと思うしあのまま覚えてしまいそうだ」

 いいきょく。
 うん、いい曲ですよね。だから選んだった。俺にはちょお切ないけれど。
 あなたも歌うんかな? これから出会う誰かに向けて。
 
「たいちょも歌うんすか! 今度是非聞かして下さいよ!」
「練習してからな」

 れんしゅう、だなんて本当に真田らしい。
 でもせやな、隊長なら何でも訓練しそうやから、バディとして付き合ったらんと。

「たいちょ、実はカラオケとかよく行かはるんですか?」
「いや、それはないな」
「だが、シマが歌っているのを聞いてたら、すごく楽しそうでいいなと思ったんだ」
「へへ、大声出すんはストレス解消にもいいんですよ」

 歌に乗せて、云えない気持ちをたまには外に出してやらないと、
 零れて溢れてきっと壊れてしまうから。

「そうか、じゃあ今度カラオケとやらに行ってみようと思うが、付き合ってくれるか?」
「もっちろんです隊長! 今のカラオケは昔と違ていろいろ種類あるんですよー」

 あなたの想いを分けてもらえますように。応援させてもらえますように。
 俺はこの場所を本当に誇りに思っているから。


 ゆめならばさめないで ゆめならばさめないで
 あなたとすごしたとき えいえんのほしとなる


 こんな歌詞だったか、と低い声がメロディを紡ぐ。
「…ほうら、あなたにとって、だいじなひとほど、すぐそばにいるの」


「…ほえ」
「違ったか? お前の云う笑いを取るのは難しいな」
「ちゃいますちゃいます! なんや隊長が歌うと全然別の歌みたいやーって」
「それは褒められているのか?」
「勿論! …でも、そないしんみり歌わはるから、まるでバラードみたいや」
 

 あなたが誰かの手を取るその日まで
 笑ってあなたの幸せを祈るから

 


 ただ あなたにだけ とどいてほしい ひびけ こいのうた