廃園

一次二次創作を含む世迷言です。何でも許せる方のみどうぞ。あくまで個人的な発言につき、転載、引用はお断り致します。

【I love someone, and that someone is you.】

 

 

 

■I love someone, and that someone is you.

 


「う~~~っ!」

 自分の身長が日本人男性の平均にほんの少し満たない事は承知の上である。
 だがしかし、もって生まれた童顔と合わせて自分を過小評価してくさる不逞の輩にきっちり立場を分からせるべく効かせる睨みは、自分でもそこそこであると自負しているところであったのに、今回に限ってはどれだけ嶋本がガンつけようとも事態は一向に変転しなかった。

「………どないせぇっちゅーねん」

 ———無機物相手に、ああしろもこうしろもないのだけれど。

 

 まだまだ厳冬と云っても差し支えない二月の半ば。雑誌コーナーのガラス壁から眺めて見れば、路面には朝から降り止まぬ雪がうっすらとその表面を白く覆い、道行く人々は皆それぞれ首をすくめ、口元にふわりと白い呼気を纏わせながら我先にと足早に歩いている。一管や二管とは違い、羽田の属する三管では、外を出歩くのにコートにブーツにマフラー帽子手袋と、そうそう完全防寒しなくとも何とかなるのが常であるが(ちなみに佐々木に云わせると羽田の冬は北海道の秋だそうだ)、今年は異常気象とやらでやけに気温が下がっていて、いくら急いでいたとは云え隊服の上にダウンを引っ掛けただけはキツかった…と、嶋本はひとつ身震いした。何せ隊服の下は長袖のTシャツ一枚だけなのである。隊服自体も別段冬用がある訳でもなく、ダウンの合わせ目やズボンの生地を通してキシキシと忍び込む寒気の厳しさには、コンビニまでの走って十分足らずの距離がやけに長く感じてしまった。

 

『ぐんそーお! お昼どーしまっすかあ? 猛勉強亭でよければ一緒に頼んじゃいますけどー』
『んー…ええわ。俺コンビニ行って来るし』
『えぇえ?! このチョー寒い中外出るんすか? 雪降ってますよゆっき!! ねぇ小鉄さん!』
『……雪って云うほど降ってねぇだろ』
『信じらんない! めちゃめちゃ寒いじゃないっすか! あー分かった! こないだ入った新しいレジの子目当てなんでしょ!』
『………ゴチャゴチャゴチャゴチャうっさいんじゃこのアホ共が! 俺は今めっさおでんな気分なんじゃほっとけ!!』
『じゃあじゃあ俺も! 大根と卵とー』
『どあほ!! ヒヨコ上がりが副隊長様に使いっぱさすんかアア? 食うんなら自分行きや!』
『……真田隊長の分は買って来るくせに………』
『何ぞ云うたか』
『なーんにもー』

 

 ドアをくぐると同時に頬に触れる温い温度に、ほうと息が緩んだ。
 湯ノ湖での氷下訓練や現場での厳しさに比べればどうという事のない程度だが、やはり訓練のそれとは意識も身体の緊張感も全然違う。
 実のところ基地を出てから半分も行かない内にちょっぴり後悔してしまっただなんて、ピヨピヨ煩いヒヨコ上がり共には絶対の秘密だ。

 もういい加減通い慣れてしまい、どこに何が置いてあるかだなんていちいち探さなくてもいいくらい把握している店内を、カゴをぶらぶらさせながらうろついてゆく。「おでんが食べたい」と云ったのはその場のでまかせでしかなかったが、レジカウンタ前で湯気を上げているのを見てしまえばそれは非常に食欲をそそられる光景で、最後に必ず買って帰ろうと決めた後は、目星のつけたおにぎりを片端からカゴに投げ入れた。メインがおでんであるなら味噌汁も忘れられない。
 ひょいひょいと調子良く、端から見ればとてもひとり分には見えない量でカゴを埋めた後、レジを伺うふりを装ってさりげなくホットドリンク横の特設コーナーに近寄った。
 ———やっぱり、なぁ。

「………………」

 ———どうしてこの世にはヴァレンタインディなんてものがあるんだろう。

 目の前のカートには色とりどりにラッピングを施された小綺麗な小箱が山と積まれている。黄金や赤のモールでクリスマスかと見まごうばかりに飾り付けられた特設台には、可愛らしい丸文字で『大好きなあのひとへ愛を込めて』だの『あまーいチョコレートと一緒にとびっきりの気持ちをプレゼントしちゃおう!』だのと書かれたハート飛び交うPOPがべたべたとにぎやかに括り付けられていて。

 ———いや、この際あっても構わないが、どうして『チョコを送る』なんていう非常にあからさまな行為が付随しているのか全くもって理解し難い。

 この時期単純にチョコレートが食べたいなと思っただけでも、実際に買うには相当の勇気が必要だ。嶋本はアイスは好んで食べるが、それほど甘いものが大好きという訳ではない。それでも出動続きで疲れた時などはほとんど無意識にプリンやらシュークリームやらをカゴに入れていて、会計レジで我に返る事などざらにある。好んで食べる男など一体どうしているのか。
 しかしながら、世の中には世間の視線などものともせずに自らの欲求にストレートな男も当然いる訳で、大口のように「この時期は普段買えないチョコがいっぱい出るから嬉しいんだよね〜」と、うきうきとデパ地下を行脚する強者だっているのが現実だ。この場合、「荷物持ち」に付き合わされている佐々木の気苦労など何をか云わんや。
 先輩でありながら何かしら大口にやりこめられている佐々木の苦労など、普段の嶋本であれば「好きでしとんねやろ」と一顧だにしないが、今この時期だけは、あれでいて小心者の佐々木にどうにもやるせなく同情を禁じ得ない。

 ———なーにが聖ヴァレンチノや、菓子屋の陰謀に踊らされよって。

 キリスト教信者はおろか碌に聖書すら読んだ事のない嶋本だが、それでも、現在目の前で繰り広げられている世間一般における「恋人たちのメインイベント」が、宗教的に何の根拠もないただの「前に習え」である事など知っている。
 それでも、わざわざ寒い中を嘘まで吐いてコンビニまで出向いた理由は。


『あーつっかれた! さっさと酒買うてまいましょたいちょ』
『そうだな。嶋本は最後まで残っていたからな』
『黒岩さんに捕まったら逃げられんししゃあないですわ。なんぞ甘いもんでも……と、あかんかった』
『買わないのか?』
『今はね。寂しい自演乙なヤローに思われたないですもん』
『じえんおつ?』
『………気にせんといてクダサイ。たいちょにはひとかけも縁のない世界の話です。ほら、気づきませんか?』
『——ああ、ヴァレンタインディか。そう云われてみればたくさんチョコが出てるな』
『でしょう? 毎年ダン箱で貰ってる色男には要らんネタですが、世の中には貰えんかったのを誤摩化そうとして、自分で買うて見栄張るしょーもない奴もおるんですよ』
『くれと云ってる訳ではないんだが』
『んな事たいちょが云うたら大変ですよ。すわ彼女募集か?! って、本命チョコばっかぎょーさん来よるわきっと』
『———恋人ならいる』
『………』
『恋人が本命なんだろう?』
『……まぁそぉいう事になりますかね』
『じゃあ嶋本からのチョコが本当の本命か? では是非欲しいな』
『はあ?!』
『恋人からチョコが貰える日なんだろう? 基地に届く分は専門官に処理してもらってるが、嶋本からのチョコならちゃんと食べるよ』
『俺にこーんなピラピラしたもん買えと』
『別に普通のチョコで構わないが』
『甘いもんあんま食べへんくせに』
『嫌いな訳じゃないし、今はむしろ食べたい』
『………つか、いい加減コンビニで話すハナシとちゃう気がしますが。ええ男同士で』
『そんなにおかしいか?』
『神兵が男にチョコ強請ってるとか、特秘どころのハナシじゃありません』
『………ふむ』
『はよ帰りましょ。昨日の残りの鍋にうどん入れてあげますから』
『……そうだな、ここじゃ話せないか』
『どこにいたって話すような内容じゃありませんけど』
『……じゃあ早く帰って、恋人同士の話をしようか』
『———!』
『コミュニケーションは非常に重要だ。そうだろう、嶋本?』
『………かお、やぁらし。そんな顔見せたら女の子達がっかりするで』
『嶋さえがっかりしないなら構わないさ。ほら、行こうか』


 その後のあれやこれやまで思い出してしまい、嶋本の顔に朱が差す。

 ———あかん、昼間っから思い出す中身とちゃうわ

 本来盆暮れ正月くらいしか意識にない真田が、イベント事を気に留めて、恋人からのチョコレートが欲しいと云ってのけた。
 可愛い女の子などよりどりみどりの男が、男の——自分からの、チョコが欲しいと。

 ———ベッドの中でさんざん焦らされて啼かされて、とうとうチョコを買う事を約束させられて。

 目の前の山をもう一度見遣って、今頃暖かい基地でカレーでも食べているんだろう男は、こんな気恥ずかしい思いなど想像もしていないに違いないと、口惜しさについ天井を見上げる。

 ———ああもう、買えばええんやろ買えばッ!

 これでもし真田にチョコをあげなかったら———どんな目に遭わされるやら、想像もしたくない。

「ちっくしょおもお! たいちょもこんなん買うてみりゃええんや!」
「そうだな」
「?!」

 背後から聞こえた声に、身体ごと振り返る。
「なんで?!」
「基地長の話が終わって待機室に戻ってみたら、嶋本はおでんを買いに行ったと聞いたから。俺も食べたいと思って」
 今の今まで——いや、現在進行形で嶋本を悩ませ続けている男が、のほほんと言い放って微かに笑う。
 よくよく見れば真田は上下隊服のままで、いくら鍛えているとは云え寒くはないのかとあっけに取られるが、真田は平然としたものだ。レスキューしか頭にない真田の事、「鍛錬に」とでも思っているのだろうが、現役特殊救難隊隊長の体力は信用してはいても、訓練や海難と何ら関係ないところで風邪でも引いたらどうするのだと、嶋本は呆れたため息をこぼす。

 心配しなくても大丈夫なのは分かっている。それでも心配してしまうのは自分だけ。

「隊長の分なら一緒に買うてくつもりやったんに」
「ああ、そう云われたから、俺は大口達の分を買いに来た」
「………あんにゃろう」
「そう怒るな。俺も嶋本と食べたかったから丁度良かったんだ」
 そのまま、店員に次々と具材を指示していく。
「———それに」
 大袋にたっぷりと詰められたそれを受け取りながら、真田がゆっくりと背をかがめた。
 本命の恋人の耳元へ、吐息だけで囁く。

 ———おまえにあげるちょこは、おれがおくるべきだろう?

「ほら、嶋本はどれがいい?」
 真っ赤になって声も出ない嶋本の横で、真田がチョコレートの山を指差す。

 

 昼過ぎという時間でそれなりに込み合っている店内で、やたらと派手なオレンジ色の二人はそのちぐはぐさと合わせて奇妙に目立っていたが、ひとりは真っ赤な顔をして固まったままそれどころではなさそうであったし、後から来た片割れは周囲の注目などどこ吹く風だ。
 場所柄トッキュー御用達となってしまっている店で、それなりに隊員の姿に慣れてきた新人バイトにとっては、いつもと云えばいつもの光景にくすりと笑みをもらす。
(………仲、良いんだなぁ)

「あーもー笑われたやんかたいちょの阿呆う! 鈍感! レスキュー馬鹿!」
「しま?」

 微笑ましいと零した小さな笑みが、本人の預かり知らぬところで、とある恋人達のヴァレンタインにほんの少しの波を起こした事など知る由もない。


 ———尤も、そんな小さなさざ波など、普段から荒波と戦うトッキューにとって、甘い夜の刺激にすらならなかったのは云うまでもないけれど。  

 

 


 

 

love is not just looking into each other's eyes,
but looking outward together in the same direction.
I'm so glad we've found each other.
Happy Valentine's Day !