廃園

一次二次創作を含む世迷言です。何でも許せる方のみどうぞ。あくまで個人的な発言につき、転載、引用はお断り致します。

【new Face】

 

 

 

 いらっしゃい。
 はじめまして。

 そして、おかえりなさい。


++ new Face ++


 排気を地面に叩き付けぬようにそっとエアカーを接地させる。大学を出る時に電話はしなかったけど、きっとあなたは居てくれるって思った。街を抜けて、家が見えて───そして長身の影が見えて。

 風にたなびく長衣の裾。毎日毎日、こんなにも愛しい。


「ただいま」
「ああ。お帰り、悟飯」


 いつもの言葉。
 平凡な日常。

 平凡だと云える事が───こんなにも嬉しい。


「今日は少し遅かったな。どうかしたのか?」
「ええ、ちょっとね………。後で話しますよ、と、はい」
「うむ」

 いつもの様に玄関先まで出迎えてくれたピッコロを片手で抱き寄せて、「ただいま」のキスをひとつ落とす。触れるだけの軽い接触を慣れた風で唇の端で受け止めて、ほら、と右手を差し出した。

 ………抱き締めた時にふわりと立ち上った美味しい匂い。あなたの手が作り出す美味しい匂いが、今日も僕を倖せにしてくれる。

「コートを貸せ。掛けておいてやるから、さっさと着替えて来るんだな」
「あのね、裏門の所にね………」
「お前の飯を温めるついでだ。牛乳でいいのか?」
「………うん、多分もう飲めると思う」
「どうせ包むんならもうちょっと柔らかいもので包んでやれ。コートなんてごわごわするだろうが」
「やっぱり、すぐバレちゃったなぁ」
「気で解る。それにそんなぐるぐる巻きにして抱えてたらどうみたって不自然だぞ」
「だってぶるぶる震えてたんですよ───もう、乾いたかな?」
「どれ」

 翡翠色の指が、僕の左手を塞ぐ固まりをそっとかき分ける。出て来い、と小さく声を掛けて覗き込む動作に、またひとつ愛しさがこみ上げて、目眩のようにくらくらした。

 愛しくて嬉しくて大好きで───どうしよう?
 こんなに好きなひとが僕の傍に居てくれる。居てくれてる。今までもずっと、これからもずっと。

 カシミヤの中から発掘された茶金の毛皮の固まりは、小さく丸まったまま身動きひとつしない。くすぐるように紫暗色の爪が耳の辺りを掻いても、聞こえるのはぷうぷうと何だか必死な寝息ばかり。

「………寝てるな」
「途中で動かなくなったとは思ったけど………エアカーの中をあったかくしてたのが効いたかな」
「まあいい、飯の匂いがしたら起きるだろう」

 寒くないようにもう一度くるりと包み直して、ピッコロがそっとコートの固まりを自分の胸元に抱き直す。ずっと抱えていた温もりが消えて、何だか呆気ないくらいに夜の冷気が僕を包んだけれど、暖かくなる方法を僕はちゃんと知っていたから、そのまま両腕の中に愛しい奥さんを閉じ込めた───やっぱり、ちゃんとキスしたいし。

 美味しい匂いと愛しい温もりをその吐息ごと奪い取って、ちらりと覗いた紫暗色の舌にぞくりと熱を感じた瞬間───僕とピッコロさんの真ん中から「みゃあ」と小さく声がこぼれた。
 視線を下ろした先にはさっきまで身動き一つしなかった毛玉が、ごそごそと居心地の良いポジションを探している。
「何だ、起きちまったのか」
「ピッコロさん美味しい匂いがするから、きっとその所為ですよ」
試しに指を差し出してみれば、何が出る筈もないのにちゅうちゅうと一生懸命吸っていて。
「………随分懐いてるな」
「僕のコートで包んでたから匂いで解るのかも」
「お前は飯か」
「ご飯の匂いはピッコロさんですよ」
「誰の所為だ誰の!」

 それでも、それじゃあさっさと飯にしてやろうな、と腕の中を覗き込む笑顔は穏やかで。そんな姿は容易にひとつの連想と結びつく。

 夜風から包みを庇いながら玄関に向かうピッコロさんを追いかけながら、僕は明日からの生活に笑いが隠せなかった。
 だって───ねぇ?

「何だ、ニヤニヤして」
「いいえ、ピッコロさんがその仔を赦してくれて嬉しいなーって」
「ほっとく訳にもいかんだろうが。大体お前に懐いてるんだから、ちゃんと面倒みるんだぞ」
「ピッコロさんの匂いに眸が覚めましたよコイツ」
「懐いてるのはお前の匂いだろうが。俺はせいぜい飯係だろ」
「そんな事ないですって」

 ───でも。

「?」
 ドアノブに手を掛けたピッコロが不審そうな眸をして悟飯を振り返る。
「包んでた僕の匂いに懐いてくれて、ピッコロさんの美味しい匂いで眸を覚まして───何だか僕等のコドモみたいですね。明日は節分ですし、考えてみればナイスタイミング! 運命ですよきっと」
「また脳がおかしな繋がり方をしているな………。まさかこんな小さいのに豆を投げる気か」
「何云ってるんですか、大事な子供にそんな酷い事しませんよ。………明日は節分、で、今日は何の日だか知ってますか?」
「………?」
「二月二日は『良い夫婦の日』です。ほら、夫婦の日に子供が出来てピッタリでしょう?」
「………………」
「………………」
「………………」
「………………お母さん?」
「───お前は暫く外で頭を冷やしてろ───ッ!」
「ぎゃッ!」
 ………回し蹴り一発、一瞬後には地面のダイナミックな感触が全身を襲う。何の予備動作もなく軽々と庭の端まで吹っ飛ばすなんて、相変わらず僕の奥さんは日々の鍛錬を怠ってはいないらしい。
「子供のお風呂はお父さんの役目って決まってるんですよー!」
「まだ云うか!」
 驚異的な回復力で走りよってくる悟飯をもう一発蹴り飛ばして、ピッコロはバタンとドアを荒々しく閉じた。しんとした空気にふうとひとつ息を吐くと、ずかずかとキッチンへ足を向ける。
「………みゃあ?」
「ああ、すぐ飯にしてやるから少し待ってろ」
「みゃあ」
 厚手のカシミヤ生地に爪を立ててじゃれる毛玉をあやしながら真面目な顔で応答するピッコロの腕の中で、安住の地を得た筈の子供の動きはせわしない。
「みゃあ! みゃあみゃあ!」
「………何だ? 悟飯が居ないと寂しいのか?」
「みゃあ!」
 ぴこぴこと動き続ける尻尾の先が、ピッコロの中の何かを促す。
「………大丈夫。お父さんはすぐ来るから」
「聞こえましたよ───ッ!」
「来なくていいッ!」
「………みゃあ………」
 ゾンビのごとく現れた物体を裏拳一発でのせば、ばたりと廊下に黒髪が散らばった。それを見下ろすのは呆れたような二対の視線だ。
「みぃ」
「………俺もお前も………趣味が悪いな」
「みゃあ」

 眉間をくすぐる指にゴロゴロと喉を鳴らして答えながら、茶金の尻尾が細かく揺れている。
 先ず飯を喰わせて寝床を作って………最初に慣れたのがカシミヤ地なら、普通のバスタオルじゃ文句を付けそうだな、と取り留めもなく思考を巡らせながら、明日からのにぎやかな予感にピッコロはそっと微笑む。
 ───名前は二人で考えよう。
 悟飯はあれで結構趣味が悪いから───とミルクパンを出しながら足下に下ろした毛玉を見遣れば、その深紅の瞳を恐れ気もなく真っすぐと見返した黄金色の瞳が、宜しく、と挨拶するかのように大きく鳴いた。