廃園

一次二次創作を含む世迷言です。何でも許せる方のみどうぞ。あくまで個人的な発言につき、転載、引用はお断り致します。

【BEANS attack】

 

 

 


 鬼は内、福も内。
 だって我が家においては大魔王様が倖せをくれるから。

 

++ BEANS attack ++

 

「おにはーうちー!」
 開け放った窓から入り込む冷気を押し返す勢いで、淡く光りを反射した小さな粒が夜の庭に舞っている。二月に入ったとは云えまだまだ冬と云える季節の空気はどこかきんと澄んでいて、去年まではそれも好ましく感じていたけれど、残念ながら今年は別。
「いい加減にしないか悟飯! 部屋が冷えるだろうが!」
「ええーでも沢山の福を呼び込まないと!立派な伝統行事なんですよ!」
「その伝統行事とやらを勝手に改変してるのは何処の誰だ! いいから閉めろ! 俺は構わんがアイツが震えてるぞ」
「え! わ! ごめんなさい!」
 まだ炒り豆が残ったスープカップを器用に親指に引っかけながら、悟飯が慌ててばたばたと窓を閉めカーテンを引いてゆく。吐息が白くけむる冬の冷たさは決して嫌いではないけれど、小さな仔が居る今は暖かな温もりが優先だ。
 冬用の厚手のカーテンの合わせ目をきっちりとリボンで結んで、これで良しと後ろを振り返れば、さほど大きくもないヒーターの前に陣取って動かない茶金の固まりの姿が見えた。
「………みぃ」
 ごめんねと小さな額をくすぐっても不機嫌そうな目つきはなかなか直らない。もう古くなったからと下げ渡された悟飯のマフラーの中で、ほわほわな毛を懸命に膨らませながら、冷えたリビングに暖気が戻るのを待っている。
「すっかり機嫌を損ねたな」
「そうみたいですね〜つい夢中になっちゃって」
「後でたっぷり遊んでやれ。部屋が温まればまたじゃれてくるだろう」
「ピッコロさんも今日一日で随分とやられたみたいですね」
 おやつ用にと残しておいた炒り豆と暖かいほうじ茶を手にキッチンから戻ってきたピッコロの長衣の裾を、御機嫌取りを諦めてソファに座った悟飯がぺろりと手に取って笑う。
「ほつればかりじゃないですか」
「ああ、小さな爪が細いだけによく生地目に引っかかってな。本人は面白がって飽きずに飛びかかって来るんだが、正直歩きながら蹴っ飛ばしやしないかとヒヤヒヤした」
「蹴っちゃっても猫ですよ」
「この小ささじゃまだ受け身は取れんだろうが」
「僕だって受け身とか取れなかったです」
「お前は無性に蹴ってやりたかったんだ」
「ピッコロさん酷い〜!」
 冗談に聞こえない声音で云い放つピッコロさんにじゃれ掛かかっても、照れ屋な奥さんは容赦なくテ−ブルの上の武器を取って応戦してくる。
「鬼は外」
「わ、わ! 痛いですって! それにまだ僕食べてないのに」
「床はきっちり掃除してる。遠慮なく拾え」
「全部僕ですか!」
「当たり前だろう。俺の仕事は豆を炒って巻き寿司を作るところまでだ───喰うのは全部お前。当然」
 せいぜい頑張って拾えと意地の悪い顔をして豆をぶつけて来るピッコロさんは妙に楽しそうで、ああこんな時間が福なのかもと、僕は遠い東の国の神様にちょっぴり感謝した。
 ひとしきり豆をぶつけ合って、遊んだ後は片付けだと、どうせならば数を数えながら床から小さな豆を拾っては口に入れてゆく。残りの豆はきな粉になるんだろうか煮物になるんだろうか。煎った豆をもう一度湯に浸けてふやかして、トマトソースに入れても食べごたえあって美味しいんだよね………と、柔らかい感触を思い出しながらも、今は咥内から聞こえるポリポリとした音が楽しい。と、フローリングに散らばった豆だけを眸に床にうずくまっていた僕の視線の先で、小さな黄金色の手が今にも拾おうとした豆をかすめとった。
「………お前か」
「みゃあ」
 うずくまったまま顔だけを上げれば、目の前には背を丸めて伏せた、独特の「遊んでポーズ」の毛玉の固まり。ぴこぴこと左右に振れ続ける細い尻尾が、その興味の所在を如実に表わしている。
「お、出て来たな」
「結構時間経ちましたしね〜。この仔に隠される前に全部拾ってしまわないと」
「拾わせてくれそうか?」
「みゃあ!」
 ソファに座ったまま面白気に言葉を投げるピッコロの声を自分への応援と取ったのか、大きな黄金色の眸がまあるく輝く。ふんふんと爪先で豆を転がしては追いかけ、掴んではまた飛ばしている。人間にとっては小さな炒り豆の一粒でも、このイキモノにとっては興味津々の対象なのだろう。
 ………だからと云って、食べ物で遊ぶのは戴けない。僕だって残りは全部食べるつもりだったんだから。
「食べ物で遊ぶのは良くないぞー」
「みぃ!」
 転がしている豆をその爪が掛かる寸前で横取りすれば、何をするんだと毛玉がぷうっと毛を逆立てた。飛びかかって来る前の前兆でじりじりと後じさり距離を取る毛玉の眸の前で、炒り豆をぽんと口に放り込んでみせる。
「これは、こうするんだよ」
「み?」
 わざとらしく舌で咥内を押して物を食べているんだと云う事を視覚に訴えながら、ゆっくりと音を立てて噛み砕く。
「食べるんだ。ほら、やってごらん」
「………………」
 眸を丸くしたままこっちを凝視している前に一粒、ころりと炒り豆を転がしてやれば、さっきまでとはまるで違うものを見る目つきで恐る恐る手を出している。
「まだ喰えんだろうが」
「ええ、でも節分だし」
 ───どう見たってまだ一歳どころか半年にも足りないから、じゃあ一粒じゃなくて齧るだけで。
「こう見えてもちゃんと、自分の食べられるものは解ってる筈ですよ」
 ほら、と。
 面白気に笑う悟飯の指差したその先で、まだ生え揃わぬ牙に刺激が楽しいのか、小さな両手に小さな豆の一粒を大事に押さえつけて、やっぱり小さな茶金色がごろごろとその手の中をしゃぶっては床に身体をこすりつけていた。
「キミにも、『福は内』、だ」
 そんな事を笑って云いながら、毛玉が夢中になっている間に残りの豆を全て拾い上げ、よいしょと悟飯は腰を上げる。
「ピッコロさんこれ残りどうします〜?」
「明日料理するからそのままラップでも掛けてキッチンに置いとけ。ああ、ついでに冷蔵庫の中から巻き寿司取って来い」
「待ってました!」
「お前は絶対ただ単に喰いたいだけだろう………」
 うきうきとキッチンに向かう悟飯の耳に、ピッコロの呆れ返った呟きが聞こえたような気がしたけれど、悟飯は敢えてそれを無視して意気揚々と冷蔵庫を開ける。
 ピッコロの巻き寿司は母のそれとは格別に美味しいのだ。何度云ってもそれは欲目だとピッコロは信じようとはしないが、悟飯には一片の偽り無くそう感じるのだから仕方が無い。大皿に乗った一本丸ままの巻き寿司を、心置きなく齧れるのなんて一年の内で今日だけなのだから、皿を取り出してはえへへと笑みが溢れるのは幾つになっても見逃して欲しい。
「ありがとうございます〜!」
 ソファに戻った食欲魔人の満面の笑みに、水しか摂らぬナメックスの自分ですら、気分だけでも何か食べたくなるのは何だか不思議な感じがしてピッコロは苦笑する。
「いっただっきまーす!」
「こら待て悟飯。恵方とやらを確認しなくていいのか?」
恵方?」
「ああ、チチが云ってたぞ。何でも食べる方角が毎年違っているんだろう?」
「僕の場合はこれでいいんですよ」
「どうせならちゃんと調べてみたらどうだ。大した手間でもあるまい」
「そうじゃなくって」
 今にもかぶりつく寸前だった巻き寿司を持ち直して、悟飯が嬉しそうに笑う。
「ほら、ちゃんと合ってる」
「そうなのか?」
 目の前で自分を見て笑う悟飯に、ピッコロは首を傾げた。
 合ってる、と云っても悟飯は何時もの位置に座っているだけだ。たまたま今年の方角がこっちだったという事なのだろうか。
「僕の恵方はピッコロさんの方角だから、ちゃんと合ってます」
「は?」
「じゃあ今度こそいっただっきまーす!」

 意味が解なくて首を傾げたままのピッコロの前で、悟飯が尋常じゃない勢いで巻き寿司を平らげていく。どうせ大食漢なのだからと海苔三枚ほども使って作った極太巻きだというのに、去年と食べるスピードが変わらない気がするのは何故だろう。
 何だか呆然とその食べる様に呑まれてしまったピッコロの裾を、ちょいちょいと何かが引っ張る感触がする。見下ろせばようやく炒り豆に飽きたのか、小さな手が膝を目指して懸命にクライミングに奮闘していた。
「みゃあ」
 余裕で片手に収まる毛玉を拾い上げてやれば、甘えるように身を擦り寄せてくる感触にふっと気持ちが和む。
「………良く食べるよなぁ」
「みゃあ」
「来年はお前も喰うか?」
「みぃ!」

 じゃあもっと大きくならないとな、と膝の上で転がせば、向きになったかのようにかぷりと噛み付いた黄金色の瞳と眸が合った。