廃園

一次二次創作を含む世迷言です。何でも許せる方のみどうぞ。あくまで個人的な発言につき、転載、引用はお断り致します。

【キミの居場所】

 

 

 ふくはうち おにはそと

 家族の誰もが健康で幸せでありますように
 厄を払い 福を呼び込もう

 けれど 暖かい家を追われた鬼の子は
 冷たい冬風に身を震わせ 何処かで泣いてやしないだろうか


 ——二月三日。
 地方によっていろいろ風習は違えども、大豆を蒔いて厄を払う仕種はほぼ全国共通と云っていいだろう節分の日。
 各地からえりすぐりの強兵が集うここ羽田特殊救難基地においても、ひとを助けるには先ず自らが健全健康であれとばかりに、古ぼけた基地のあちこちで豆を蒔く姿が見受けられていた。


「……そんな事をね、思った事もありましたよ。めっさガキんちょの頃に」
「そうか」

 揃いのオレンジに身を包み、作り上げた笑顔で背中に焔を纏う姿は夜叉か阿修羅か。その手にこん棒が握られていないのがいっそ不思議に思えて、目を擦っても消えない角の幻覚に怯えながら、視力だけが自慢のトッキュー二年目はただひたすら高速で首を振っていた。

「鬼って全部わるもんなんかなーとか、追い出す人間の方もツライんかなーとか」
「シマらしい発想ですね」
「けど、こーして思えばそんな遠慮するこたなかったわ! わるもんやから思きし復讐出来るし!」
 
 なあ! 外面だけの笑顔を投げた先には、肩を寄せ合って内緒話に勤しむ(つもりで丸聞こえだが)ヒヨコ上がりがピヨピヨとさざめいている。

「じゃけんマズイっちゅうたろうが」
「軍曹ば面なんていらんこつばい」
「め、盤くんてば! 聞こえてるって」
「俺、豆入れる袋とってくる」
「それなら俺が行きましょうか?」
「逃がさんじゃけタカミツゥ!」
「やだなぁ軍曹ってば本気にしちゃって」
「元はと云えば大口さんが!」
「……」


「ふくはーうちーぃ、おにはーそとーぉ、か、よお云うたもんや。午後の訓練メニューが楽しみやわあ」

 ひぃいいいいい! と、絹…なんて高級なものではなく、使い古した雑巾を力任せに引きちぎったような悲鳴が耳障りだ。
 傍目には、十分二十代前半で通る小柄な青年に、筋肉むつけき男共が本気で青冷め後じさる光景など誰が素直に信じるだろう。「ひとは見た目に寄らない」を、 文字通り自らで体現しているのが「嶋本進次」という人間であったし、その事を脊髄反射のレベルで思い知っている歴代のヒヨコ達が、目に涙すら浮かべて硬直したところで、事情を知る基地のメンバーにとっては何をか云わんや何時もの光景のひとつに過ぎない。
 と、鉄条網だらけの地雷原に、不思議な程のんびりした口調が(何故か違和感を伴わせずに!)どこか楽しげな響きさえ添えて割って入った。

「シーマ、訓練ですよね」
「そおやあ。可愛い可愛い教え子共の為に寸暇を惜しんでメニューを考えちゃるんや。俺っていい上司やと思わんかあ高嶺」
 あえて平淡を装う声色に、直接指導を受けていない筈の直美の背にすら瞬時に悪寒が走り抜ける。ある意味大変漢らしく、誰よりも有言実行っぷりのいい様を実体験している教え子一同は云わずもがなだ。副隊長として役職が付いた大口ですら小鉄の背に逃げ込み、盾にされた小鉄はといえば、あわあわと口元を震えさせたまま、まともに首脳陣の方を見る事すら出来ていない。

 目がこれっぽっちも笑ってません軍曹殿!
 どころか視線で鳥でもひとでも焼けそうです!!

 助けて下さい高嶺さんッ!

 目は口ほどに物を云う、と全力で実行している視線の奔流は、もはや高嶺を押し流そうかという勢いであるのに、あろう事かひょいと横入りする人物を認め、元ひよこ一同はそろって何かを諦めた。
 何を諦めたのかはあえて明確に考えたくはないが、こと嶋本隊長に「彼のひと」が絡んで物事が沈静の方向に収まった試しがない。
 頼みの仏様も神様の出番にはにこにことその座をのいている。神仏習合聖徳太子だったか…いやそこは頑張って自己主張してみるとかさぁ……と、全く在らぬ方向へ思考が向かっているのも、これまでの経験を元にした現実逃避と云えよう。
 
「研修が終わった後でも嶋本は熱心だな」
「でしょでしょ? もっと褒めて下さいたいちょ。あの辺のひよっこ共を纏めて面倒見てやるつもりですが構いませんよね?」
「ああ。一隊の防基訓練はスクリューメンテナンスで取りやめになったし、六隊は当直、三隊は待機だったな。基地内で行うなら特に問題はない。黒岩さんも出張中だし、合同訓練の件は後で俺から報告しておこう」

 さなだたいちょーう!!

「なんぞ……真田さんも冷たか……」
「いや、あれは素じゃろ。レスキューまっしぐらじゃけな真田さん」
「どっちかってーと軍曹まっしぐら?」
「だからってちょっとは軍曹を止めてくれたって……」
「真田隊長は嶋本さんと仲良いんですね~」
「それはちょっと違うぞ神林」
「ああ……辞表を書く日なんぞ想像したこともないが、遺書だったら今必要かもしれんのう……」
「大羽くんてばそんな、もう」
「あの、ちょっと皆さん本気ですかちょっと!」
「まあま。確かに真田さんてばああだけどさ。ああだからも少し見てなって」
「大口さん?」

 指差された先は未だ歓談中の首脳陣。


「それはそうと嶋。じゃあお前は『鬼』だから今晩は彼らに追われてしまうのか?」
「はあ? 何云うてんですかたいちょ。コイツ等に俺を追っ払う勇気なんぞある訳ないですやん。んな事したら倍々返しや。今日はビールでも買って、それこそ豆アテにして飲んだりますよ」
「そうか、じゃあ嶋は俺が連れて帰ろう」
「は?」
「追われてしまう鬼が可哀相だと云っていたのは嶋じゃないか。だが、嶋が鬼なら可哀相でもいいな」
「えーたいちょー……? まぁた回路がどっかとーくに飛んではるよおなー……」

「皆に追われてしまうなら、俺が一人占め出来る」

「わー……」
 仏様が華麗にスルーをなさっている以上、神様兼上司の御託宣に只人如きが突っ込めるものか。いや無理、断じて無理!

「俺は豆まきをするつもりも予定もない。そうだな、『鬼は内』なら云ってもいいか」
「厄引き入れてどーすんですか。つか何さっむい事云うてはりますの。しかもここをどこだと思て」
「基地だな。寒いなら長袖のインナーに着替えてきたらどうだ? ストックがないなら俺のを貸すが」
「誰がそんな話をしましたか」
「隊服の内側で袖を捲れば見えないんじゃないか? それはそれで可愛らしいのに見られないのが残念だ」
「だからだれがそんなはなしをー」
「諦めたら? シマ」
「高嶺ぇ」
「しょうがないよ。真田隊長だし」
「お前も大概やな」
「真田隊長だからねぇ」
「俺がどうかしたか?」
「いえ、こちらの話です。ちゃんとシマはお渡ししますので安心して下さい」
「ありがとう」
「……さらっと俺の存在を置いてかんといて下さいよ二人とも」


「えと、真田隊長と軍曹って……」
「云うなタカミツ! そっから先はきっと知らん方がええぞ」
「大羽くんはうぶかとー」
「真田隊長ってば結局美味しいとこ持ってちゃうんだからもう」
「軍曹のシゴキメニュー喰らうよりマシだろうが」
「え? え? え?」
「やっぱりバディとなると違うんだなぁ」
「これだからDーTくんは」
「何でそれが関係あるんだよ!」
「しーまもっとたいっちょー!! 報告書見てほしいんすけどー!」
ぴよぴよぴよぴよかましいわ殻付きのアホ共! そんなん後で見といたるからとっとと全員フル装備でエプロンに整列!!」
「ええぇええええ──ッ!!!」
「俺までっすかあ?!」
「お前も同罪じゃボケ! なんなら副隊長様には『めっちゃ笑顔くん』でも背負ってもらおか?!」
「さ! 早く行きましょ小鉄さん!」
「俺を巻き込むな!」
「保護者責任!」
「え? え? ええ?!」
「早よせえこんのチンカス共が!!」
「はぃいいいいッ!!」

 

「なに笑てんすかもう」
「いや、相変わらずだなと思って。やはり嶋は根っからの教官だな」
「甘い云われて降ろされた新米教官でしたけどね。キッツイ云うなら塾長の方がよっぽどですわ。……アイツ等にはどっちがええんかなんて、俺が考えるこっちゃないですけど」
「だが、好かれていたじゃないか。今だって愛されてる」
「恐怖政治の刷り込みでしょう」
「本音を云えば少し羨ましい」
「何がですか」
「お前は教え子を大事にするからな。何だかんだ云ってもよく面倒を見ている」
「……たいちょお」
「やはりいいな」
「……定時で上がれたら、明日はまっすぐ帰りましょ。連れ帰ってくれはるんでしょ?」
「嶋本」
「おにはーそとー云わへんで、部屋ん中置いてくれはったら……」
「部屋限定か?」
「真田たいちょ?」
「腕の中にだって、何時でもいてほしいくらいなのに」


「!!」
「……しま?」
「さ、じゃあ私は基地長のところへ報告に行ってきます」
「六隊丸ごと再訓練じゃッ!! たいちょもさっさとエプロン整列──ッ!!」

「鬼はそと?」
「福も神も外や!! とっとと並び!」

「はは。鬼も外ならどこへだって行くさ」

 

 鬼も仏も神まで揃っている羽田特殊救難隊に、果たして厄など寄るものか。
 ガラス窓越しに見える光景をお茶の湯気に曇らせて、基地一番の福の神がふふんと笑った。