廃園

一次二次創作を含む世迷言です。何でも許せる方のみどうぞ。あくまで個人的な発言につき、転載、引用はお断り致します。

【NO TITLE】






 僕にはひとりの兄がいる、という事と


 僕には兄がひとりいる、という事は似ているようできっと違っていて



 僕にはひとりの「愛している」兄がいる、という事と


 僕には「愛している」兄がひとりいる、という事もきっとほんの少し違うのだ。



 ほんの少し———もしかしたら、僕にしかわからない違いかもしれなくとも。










 

 どんよりと厚く垂れ下がった雲の隙間から糸のように差し込む月明かりは、夜の深さをより実感させられるようで好きじゃない。



 「———後三十分程で第一班が行動を開始する予定だ。余程の事がない限りは俺らの出番はない筈だけど……、そっちの様子はどう?」


「熱感知センサーで見る限りの動きは予定通りです」


「さっきの連絡ではCCC濃度聖水と聖句による多重結界は展開完了だそうだ。情報通りなら向こうさんは腐の眷属だそうだから、こちらとしても火炎関係が動かないとどうしようもないね」


「付き合わせてしまってすみません」


「気にしないでいいよ。大体今回奥村君は狙撃要員として招集されてるんだから、護衛が付くのは当たり前の事なんだし」


 伏せた姿勢に地面からじんわりと冷気が染み込んでくるように思えて、湿った腐葉土に奪われる体温に雪男は肩を竦めた。未だ冬に遠いとはいえ、人気のない十月の森におよそ暖かみといえるものは悉く欠如している。

 ———兄さんは課題ちゃんとやったかなぁ。僕の出してるプリント、提出期限明日なんだけど……ああ、もう今日か。



 とうに日付の越えた深夜に行われる作戦行動が煌煌とライトアップされる筈もない。事前調査の内容に比べて発生した被害が想定よりも広範囲だった事から、 万が一を考えて持ち込んだバレットM82A1は、性能こそ大型の対象をも殲滅する事が可能だが、如何せん1.5キロ先の作戦予定地を暗視スコープで睨んだ ところで見えるものは暗闇でしかなく。騎士團特製の熱感知センサーで祓魔師達の動きを追いながら作戦開始を待つという時間に、ふとした日常が脳裏に紛れ込 むのは果たして慣れなのか逃避なのか。アンチ・マテリアル・ライフルの構造上バイポッドに合わせて伏せた肩にストックが食い込む。180センチに届く身長 とはいえまだまだ発達途上である15歳の骨格に合わせてショルダーレストを付けてはいたが、それでも3時間近くも同じ姿勢で照準を取るのは並大抵の事ではない。

 

「悪いね。このサイズの超長距離狙撃をこなせる竜騎士って中々空いてなくて」


「……大丈夫です。問題ありません」

 高速道路の展開工事により壊された社から瘴気が漏れだし、現場作業員に魔瘴が発現していると連絡を受けたのは今から五時間程前の事。学生に祓魔塾講師、 更には兄の監視役兼家庭教師と何足もの草鞋を履く雪男にとって、祓魔塾の講義後に大幅な残業もなく、一足先に寮に戻った兄と夕飯を共にできる事など一週間 に一度もない機会に年甲斐も無く気持ちが高揚していた事は否定できない。勿論雪男が任務で遅くなる時でも欠かさず彼の食事は用意されてはいるけれど、冷蔵庫からラップの掛けられた冷たい皿から摂る食事よりも、兄の手で作り出される出来立ての料理の方が何倍も美味しく感じられるし、何より目の前で共に食事を 摂り、気を配ってくれる相手がいるというのが違う。

──それが唯一、兄という家族であるならば尚更。
 唯ひとりと、誓い囚われてしまった相手であるならば尚。

「今日はお前が早いって聞いたから秋刀魚にしたんだぜ」──何てったって焼き魚は焼きたてじゃねーと旨くねぇし、お前だって熱いの食うの久しぶりだろうと言いきった兄は、「お前一人だと味噌汁もあっためてねーの知ってんだぜ」と口を尖らせて小言を言い募る。
「冷めてても十分美味しいよ」
「んな事言ってめんどくせーだけだろーが。自分でやんのがアレなら俺を起こせばいいだろ」
「兄さんを起こす為だけに六階まで上がる方が面倒だよ」 

──本当は、薄汚れた自分を見せたくないというのが一番の理由なのだけれど。

 

「お前って自分の事になると結構ずぼらだよな」

 

建付けの悪くなった寮のドアをそっと押し込む事などもう慣れてしまった。