廃園

一次二次創作を含む世迷言です。何でも許せる方のみどうぞ。あくまで個人的な発言につき、転載、引用はお断り致します。

【日々是好日】

 

 

 

 

 洗い物は済ませた。
 気になっていた水周りの掃除もした。
 玄関の砂もきれいに掃いて、防水スプレーを噴き付けた革靴の手入れもばっちり。スーツのブラッシングだって完璧だ。
 ここ数日の出動続きで溜まってしまっていた汚れ物は、静音が売りの最新型洗濯機によって残らず成敗され、薄い紗のカーテン越しに透けて見えるベランダにきっちりと並んでいる。


 絵に描いたような休日。絶好の晴天。

 ちょお高かったけど、静かなん買っといてもろて良かったなあと、ベランダで優しく風を受けてはためくTシャツやタオルの数々を眺めては、嶋本はいたく満足気ににんまりと笑った。
 夜討ち朝駆けは当たり前、天候によっては一週間も部屋に帰れない事などざらにある職務では、一般家庭に見られるような定期的な家事の遂行など不可能に近い。当然基地に準備してある予備も底を尽きだすから、夜道にも眩しいオレンジばかりが基地近くのコインランドリーに駆け込む事になる訳だが、洗い上がりを待つ間にも容赦なく呼出しのコールが鳴り響き、戻って来れた頃合いにはそれなりのトレーニングウェアなどはきれいさっぱり姿が消えている。ひそかにマニア垂涎の的と狙われている官給品の名前入りTシャツなど云わずもがなだ。基地に設置されている古ぼけた洗濯機の競争率など何をか云わんや。
 定時? それなに美味しいの? と同類相憐れむ官舎ならまだしも、それなりにご近所付き合いも疎かに出来ないマンション住まいでは、国家公務員として隣人への騒音加害などシャレにならない。
 それが世に聞こえた「神兵」真田であるなら尚更だ。

 

 待機も準待機も繰り上げて、専門官の号令が掛かる度にボンベと資器材を引っ掴んでヘリへと飛び込んだ数日間は、いくら隊長たる真田のジンクス──真田が当直の時は出動が多い──によって否応なしに激務に慣れさせられた三隊の精鋭を持ってしても、到底ごまかしきれない疲労の泥寧へと叩き込んだ。
 間を置かず次々と発生した低気圧の最後のひとつが遠く太平洋の向こうへとコースを取り、ようやくすっきりと見通しのよくなった天気図を眺めた専門官が、「お疲れ様」と後ろを振り向けば、文字通り疲労困憊といった風情の面々が古ぼけた休憩用ソファに沈み込んでいた。超人と云うよりもいっそロボットじみた体力を誇る真田ですら、「お疲れ様です」とかろうじて応答を返すも、その目元には青黒いクマが澱み、特徴的な片二重にも些か覇気がない。
 海難の現場であれば、この瞬間にも疲労など微塵も感じさせない動きで要救助者の元へ向かうのであろうが、一万二千名を越える海上保安官の中から一パーセントにも満たない選考をくぐり抜け、潜水士たる称号を得た者の頂点に立つ特殊救難隊──その一隊を率いるたった六人の内のひとり──抜きん出た出動回数と誰にも及ばぬ救助成功率をして、同僚からも畏怖をもって『神兵』と字される真田にしろ、その肉体と精神は間違いなく「人間」だ。
 滅多にない事ではあるが、真田がそうして疲労をあらわにするところを見るのは、嶋本にとって嫌な事ではなかった。いくら「ロボ」だ「神兵」だと云われたとて、真田だって嶋本と同じく「人間」だ──多少標準より外れているかもしれないが、嶋本と同じく「ひと」であるのだ。笑い、泣き、同じものを食べ、隣に寝転び、手を伸ばせば触れられる──欲情だってする、ただの男だ。

 背筋をぞわりと駆け上がる感覚に、思わずぎゅっと目をつむる。

 

 何とか落ち着いた天気図を念の為にと夕方まで睨みつけ、専門官からの「もういいだろう。三隊は今から明後日の○九○○まで非番とする。明けは準々待機だからゆっくり休んでくれ」との言葉に、ほうと大きく息を吐いたのはけして嶋本ばかりではなかった筈だ。
 尤も、通常の中では特救隊のカリスマとも云える真田の成果ばかりが人々の言の葉に登りがちだが、レスキューの大前提として、いかなる救助活動も真田ひとりの行動では在り得ない。突拍子もないくらいある意味自己中心的に動く真田を完璧にサポートし、また、自分と同レベルの動きを要求する真田の指示に対して百パーセントの成果とそれ以上のフォローをこなす嶋本がいてこその「神兵」である事は、改めて云わずともこの羽田では周知の事実だ。
 どちらかと云えば、絶対的に体格で優る真田と同等のレスキューをこなし、その身軽さを活かして、重量制限のあるヘリでの出動にも真田のバディとして欠かさず付き従い、望まれた成果を叩き出してみせる嶋本の方が、その苦労を実感する同僚からの評価は高い。特救隊の隊員、しかも副隊長でありかつ新人教官も兼任する彼の事、当然その身体は人並み以上に鍛え上げられてはいるが、他の隊員と比べたなら格段に細身の部類に入る。
 特別大柄とは云えない真田とすら、頭ひとつ分は優に違うあの小さな身体のどこにあんなスタミナとパワーがあるのかと、解読不能な真田の言動を翻訳出来る不思議と合わせて、新人の間では嶋本も十分に規格外の存在だ。
 まぁどれだけ好奇心に悩んだところで、ピヨピヨと鳴いてはプールに叩き落とされた記憶から抜け出せていないヒヨコの分際で、「鬼軍曹」の異名を誇る我等が教官殿に、軽々しくよもやま話の類を仕掛ける体力も度胸も余っている者などいる筈もない。
 ともすればロッカーの前で隊服に手を掛けたまま居眠りに走る新人を蹴飛ばしては追い立て、しまい込ませた筈の資器材の確認をもう一度繰り返してから、真っ当に動いているようで実は先程から上の空で返事を返している上司の袖を引く。

「隊長、帰りましょ」
「安堂達は?」
「ちゃんと起こして帰らせました。途中で寝ていても拾っていくように、小鉄に帰路は指示済みです」
「しきざ」
「確認点検全て終わってます。スーツも俺のと並べて干してますし、ボンベも補充しておきました」
「…」
「報告書は休み明け一週間以内でええそうです。大体出さなあかん事例が一件や二件じゃ済まへんのやから、今からやったって到底全部なんか終わりません」
「……」
「勿論俺かて帰ります。……じゃあ、洗濯機貸してくれはるんなら一緒に洗ってまいますから、ちゃんとシャツ全部バッグに突っ込んで下さいよ」

 既に言葉どころか視線だけでの問いに、ロボ専用翻訳機の異名も併せ持つ嶋本がきびきびと答えを返す。海中では濁った視界の中ハンドサインやアイコンタクトだけで瞬時の判断を通じ合わせるが、クリアに声が届き顔色まで見てとれる陸でまでそれをする必要性はない。それなのについ言葉を省略しがちになるのは「云わなくても嶋本なら分かってくれる」と知っている真田の不精と甘えで。わざわざ声に出して嶋本が答えているのは、重ねた激務における疲労で、ただでさえ少ない一般常識を留めるネジが二〜三本吹き飛んでいる真田に、今現在の場所とこれからの優先順位をしっかりと認識させる為だ。
 
「ほら! 早う着替えてまいましょ! あんま遅なるとコンビニ飯もろくなん残ってませんよ!」

「なんだあシマ、今晩の手料理はサボりかYO!」
 ロッカールームでもさもさと着替え始める真田に替えの服を手渡しながら、てきぱきと汚れ物を紙袋に詰めていく嶋本の後ろで、同じく出動から戻ってきた黒岩が笑う。
 真田と同じく隊を率いる隊長でありながら、代々の新人教官の監督も兼任するベテランは、かつて自らが鍛え上げた教え子である嶋本とまるで親子のように仲がよい。特救隊きっての体格を誇る黒岩と嶋本が並んだ姿といったら──迂闊に軽口を叩いた代々の新人は、もれなく嶋本のハイキックによって地べたを嘗めさせられている。ここら辺は保大保校から続く体育会系の洗礼というよりは、単に嶋本個人の気質によるものであろう。
 蹴り一発で済ませてやるなんて随分と丸くなったものねとは、隣接する航空基地に羽を休める名物機長のお言葉だ。
 生命を預かる職務として当然のこと、絶対的な上下関係は厳しく統率されているが、それでいて職務を離れたところでは反ってフランクな部分も多い。特救隊員の資質として必要なものは? との問いに、揃って「明るさ」と答えていたのはいつの時だったろうか。夢でまでうなされるダブル軍曹が、聞いている新人たちが青くなるような口調でやいのやいのとやり合っているのも、ベテラン勢にとってはとうに見慣れてしまった微笑ましいじゃれ合いでしかない。

「手料理て無理やそんなん! 俺かてへとへとなんにバッテリ切れのこんひと連れ帰って飯食わすだけでも褒めてや!」
 労働は洗濯機使わしてもろてチャラにさしてもらうし! とくせ毛を掻き回すごつい手を振り払いながら逃げれば、「でも真田の分も洗ってやるんだろーが!」と相変わらずの応酬が続く。
「HAHAHA! いい嫁もらったなぁ真田! 別れたらこっちに貸せYO!」
「嫁ってなんや嫁って! サブい事云うなやオッサン!」
「おいおいちっとは遠慮しろっての。やっぱ嫁の教育がなってねぇぞ真田ー!」

「譲りません」

「へ?」
「HAーHA! ロボでもいっちょ前にジェラシーってKA!」

 いつの間に着替え終えたのだろうか、見慣れたスポーツウェアにパーカーのファスナーを顎元まできっちりと上げた真田が、見た目だけは普段と変わらずに直立していた───が。

 ………目ぇ開けたままバグってんじゃないわもーッ!

「婚姻関係は残念ながら結べませんが、俺は嶋本を離す気はありませんし、黒岩さんが俺を嶋本の配偶者として認めると云うなら尚更」
「たいちょ! 滑ってます滑ってます! そんなんで笑いなんか取れませんて! いつのネタですかそれってハナシですよそれ!」
「あーん?」

 ──残念なのか。
 ──いや離してやれよ。
 ──笑いを止めてどうする元五管。
 ──本気で焦ってるから余計にギャグに聞こえないんですけどー、という突っ込みは、妙に静まり返った周囲の胸の内でのみ為された。

「嶋本を誰にも譲るつもりはありません。シマが嫌がっても、きっと」

 ───ずっと、一生。

 唇の動きだけが示した誓いは、嶋本だけに届けばいいこと。
 嶋本の顔がボボボと音がしそうな勢いで染まってゆく。

「やーかなんなぁもお! やっぱ有能な男はもてるわあ! そんなんやったらまた来年のドラフトでもお願いしまっす!」
「んっとにおめえはシマに任せっきりだNAオイ」
「デキる男はとーぜんやん!」
「ちみっこにしちゃあやる方だがNA」
「ゴリラと違て進化してるもんで」
 「上司に向かってゴリラとはなんだちび猿!」「俺のたいちょちゃうやんけ!」──再び始まったすったもんだも、かたや真っ赤な顔で、かたやいかにも上機嫌に笑いながらでは、見ている者は笑うしかない。 

「帰ろう嶋本。夕飯なら前にシマが冷凍しておいたのがまだ残ってる筈だ」

 いっそ白々しいほどの明るさで騒ぎ立てる二人を、嶋本の荷物と合わせて担いだ真田が急かす。
 ──冷凍ってやっぱり手作り?
「あっすんません俺の分まで! 自分で持ちますんで寄越して下さい!」
「嶋本より軽い」
「だーもーたいちょまで!」
 ──なんでシマよりとか。
 
「ほなお先に失礼します! お疲れさんでした!」
「お疲れー」
「頑張れよー」
「お疲れ様でした」
 頑張れってなんじゃ! 俺は寝るんじゃ! とムキになる嶋本を引きずるように、真田がスタスタと立ち去って行く。
 相変わらず背筋をぴんと伸ばして歩く背中の隣には、一段下がった位置に見慣れたくせ毛の頭が並んでいて、それもまた、日常の風景だなと誰かしらくすりと小さく笑った。

「まったく面白えNA。あのバディは」
「どっちか移動になったらどうすんだアイツ」
「連れてくんじゃねぇの? やりかねねえぞー真田なら」
「…真田ならな」
「あれってやっぱりヤキモチか?」
「婚姻届だし」
「……神兵だもんな」

 真田だもんなー! と笑い合うベテラン勢の片隅で、未だ殻が取れていない新人が、不思議そうに隣に立つ先輩に問い掛ける。

「ねぇ、さっき真田隊長と嶋本さん手ぇ繋いでましたよね?」
 ───どうして皆そこはスルーなんですか?

「云うな大口」
 スルーも何も、それこみで「見慣れた風景」なのだと誰が云えよう。
 はっきりと聞いた事などないが、あの二人がお互いをとても大事に思っている事など、二年目以降の隊員なら誰しも周知の事実だ。嶋本などはいつも必死にごまかそうとしているが、片割れにその意識が全くない、と云うか素でオープンに動いているので、嶋本の努力は毎回苦笑の元に流されている。
 二人の為と云うよりは真田の為であろう行動が、肝心の本人に全く理解されていないのが、僭越ながら時々不憫に思える。多分に嶋本も真田の感謝など望んでいないだろう事は想像に難くないが、果たして真田は嶋本のそれを知った時に感謝を覚えるだろうか。
 常識とか体面だとか聞こえだとか、そういったものとは無縁なロボだからこそ、そのレスキューと同じく、一番大切なものだけを唯一に掴み続けるだろう。
 誰に迷惑を掛けている訳でもなし、別にいいじゃないかと佐々木は思う。
 明日も同じように笑い合える保証なんてどこにもないのだ。例え常識よりほんの少し外れた関係だとしても、生きて、温かいならそれだけで。
「送ってやるから、お前も帰るぞ」
 生命のはかなさを殊の外知る北の鉄人は、「ちゃんと聞いてますー?」と妙に度胸の座っている新人の頭を無表情のままぐりぐりとなぜた。

 

「たいちょー、起きて朝飯食いましょうよー」
 俺腹減ったんすけどー。
 ひとしきり朝の日光浴を楽しんだ嶋本が、リビング続きの寝室へと声を掛ける。わざとドアを全開にしたから、遮光カーテンを引いてある部屋に斜めに光が差し込んでいて、部屋全体がほんのりと明るさにけぶっている中、窓際に寄せた大きなベッドにこんもりと盛り上がりがあるのが何故か可笑しい。
「たーいちょ」
 宿直中ならば、わざわざ声など掛けずとも交替時間の前に目覚めている寝起きのよい男が、自室のベッドとはいえ呼ばれても気付かぬ程に熟睡している。非番だという認識が無意識下でも分かっているのか、もしくは馴れ親しんだ声は当然そこに在って不思議はないものと耳が流しているのか、おそらくそのどちらでもあってどちらだけでもないのだろう、その事に、嶋本の気持ちがほっこりと緩む。
 プライベートの時ですら、緊急時にはどんな小さな呼び掛けにも瞬時に反応するくせに、分かっているのか分かり過ぎているのか、淡くベッドに落ちる影は身じろぎひとつしない。
 気を許してくれているのは嬉しいが、このままでは作った朝食が冷めてしまうと、一か八か嶋本は非常手段に出る事にした。揺すっても捻っても起きてくれないのだから仕方がない。携帯電話のコール音なら一発だが、それは休日の朝に相応しくないし、何より自分も聞きたくない。
 しゃあないなーとほんのり頬を染めてエプロンの裾を握りながら、ぺたぺたと裸足のままベッドの枕元へとしゃがみ込む。

「…たいちょう」

 ほんの少し潜めた声は、夜のしじまに溶けるものと同じ。

 これでダメならマジで携帯電話かフライパンか…と、武器を探して嶋本がリビングを振り返ったその時、いきなり毛布からぬき出た筋肉質の腕が嶋本の腰に回り、そのままベッドの上へと引き倒した。
 いくら体格差があるとは云え、一応は大人の男を腕一本で転がすとは何という膂力か。
「ちょっ隊長! いきなり何すんですか!」
 不埒な手は動きを止めず、あっと云う間に嶋本を組み敷いてしまう。漏れ入る日の光から隠れるように毛布を翻らせて、二人で包まった薄暗がりから忍び笑いが零れた。
「たいちょう!」
「…おはよう、しまもと」
 薄目を開けて首筋に鼻を擦り付けてくる様は、まるで大きな犬にでも懐かれているようだ。
「もう! 狸寝入りなんぞずるいですよ!」
「してない。呼ばれたから目が覚めただけだ」
「何度も呼んだんに!」
 知らないな、気付かなかった、と小声で謝りながら、大きな手がゆっくりと頬をなぜ、額に小さな口づけを落としてゆく。
 優しい感触とシャツ越しに伝わる真田の体温にうっとりとしかけて、嶋本は慌てて現在の第一目的を思い出す。
「たいちょ、もういい加減起きましょ。朝飯出来てますんで」
「ああ、腹は減ってるな」
「でしょ? ぎりぎりやった野菜類片付けさしてもらいました。俺特製けんちん汁は旨いですよー」
 ぺちぺちと頬を叩いて離せと云っているのに、がっちりと嶋本を抱え込んだ両腕はびくともしない。
「ほらたいちょ、早よせんと冷めてまう」
「………確かに空腹だし嶋本のけんちん汁は美味しい」
「たいちょ?」
「でも、今は嶋本が食べたい」
 大きな手がごそごそと目的を持った動きに変わる。背筋をついとなぜられて、思わず嶋本の腰が浮く。
「隊長! 朝っぱらですよ!」
「昨夜だってしてない」
「あー…すんませんねぇ先に落ちて……って、ちょ、ほんまシャレにならんて」
 のけ反った首筋に軽く歯をたてられる。本当に大きな犬のようだ。
「隊長!」
「そんな格好をしているから、誘ってくれていると思った」
「そんなカッコて」
「俺のシャツだな」
 嶋本よりもふたまわりほど大きなTシャツのえりぐりからは、容易に鎖骨が覗いていて、ここ数日着続けだったきっちり着込まれた隊服とのギャップに、我ながら重症だと思いつつも真田は目が離せない。
 そうは云っても嶋本が真田のシャツを着ているのは、単に洗濯機を廻すついでに自分の洗濯物も一気に片付けてしまおうと目論んだ為であるが、どうせ部屋から出ないし乾くまでだけだしと借りたシャツに欲情されてはたまらない。
「新鮮でいい」
「Tシャツで盛るてどんだけッ…!」
「それに」
 すこし湿り気を感じる掌がハーフパンツの上から熱をまさぐる。薄い布地越しに緩い反応を確認して、そのまま形をなぞるように撫で上げれば、真田の下に抱き込まれたままの小さな身体がぶるぶると震えた。
 悪戯な指は止まない。
「嶋本はしたくないのか…?」
「やっ…もう、あっ……ア!」
 白状するなら、真田のベッドから抜け出した時から、その体温が恋しくてたまらなかった。着るもんがないからと自分に言い訳して、わざと真田が脱ぎ捨てたシャツを身に着けたのも、洗おうと拾い上げた際に掠めた匂いに、もうどうしようもなくなってしまったからだった。
 疲れている以上に、真田が欲しくて。その熱い腕に抱き締められたくて。 
 でも、自分が先に眠ってしまった上に、自分よりも疲れている真田をその為に起こす事なんて出来なくて。
 だからせめて、真田に包まれている気分に浸りたかっただけなのに。
「たい…ちょっ」
「うん。可愛いな、しまもと」
 布越しの動きがもどかしくて、嶋本は必死に身をよじる。
 火を点けられた身体は、こうなってしまえば自分のものじゃないみたいに嶋本の云う事なんて聞かなくて。
「キスッ……!」
「温め直しても、きっと美味しいから」
 溺れるひとのように口をぱくぱくさせて必死に息を紡ぐ嶋本に、真田がゆっくりと顔を寄せる。

 だから、今は
 もう一度、夜を始めないか?

 優しい問いかけは、二人の間で蕩けて消えた。
 後はもう、───こいびと達の時間だ。