廃園

一次二次創作を含む世迷言です。何でも許せる方のみどうぞ。あくまで個人的な発言につき、転載、引用はお断り致します。

【ちいさなこいのうた】

 

 


■ちいさなこいのうた

 


 ひろいうちゅうの かずあるひとつ あおいちきゅうの ひろいせかいで
 ちいさなこいの おもいはとどく ちいさなしまの あなたのもとへ


「やーいい式でしたね! 嫁さんは綺麗だし飯は旨かったし!」
「そうだな」


 あなたとであい ときはながれる おもいをこめた てがみもふえる

 
 所々に街灯が灯る住宅地の道を二人並んで歩く。
 綺麗に晴れた夜空には、ほんの少し傾いた月がぽっかりと浮いていて、アスファルトに並んだ影を思いの他はっきりと浮かび上がらせていた。


 いつしかふたり たがいにひびく ときにはげしく ときにせつなく


 本日めでたくお披露目となった同僚兼後輩兼教え子の華燭の典は、安定した生活を望むうら若き女性陣と、日頃のむさ苦しさの鬱憤をここぞとばかりに晴らそうとする独身公務員に囲まれて、騒がしさには馴れている筈の宴会担当者にして「もう暫く筋肉は勘弁願いたい」と云わしめた一幕に終わった。
 当然体力と肝臓には自信がある海上保安官としては、祝い事なら尚の事、二次会三次会もどんと来い! と云いたいところであるが、いかんせん待機の身の上ではせっかくの宴に飲酒もままならない。
 非番を誇って片端から杯を干していく同僚を無言でねめつけながら、心ばかりの祝いを贈って一次会で座を辞した二人であった。

「狙った笑いも長倉のお陰でそこそこ取れたし、これでこんまま呼び出しがなければ云う事なしや!」

 …狙った笑い、というのが果たしてあの阿鼻叫喚の最中で一体どれに当たるのか真田にはとんと分からなかったが、嶋本の口から出た名前に、改めて脳裏でリフレインするメロディを思い出す。


 ひびくはとおく はるかかなたへ やさしいうたは せかいをかえる


 長倉と肩を組んで歌われたのは、場所柄としては当然であろうありふれたラヴソングであったが、喧騒の中でも不思議と通りのよい嶋本の声で歌われた恋歌に、とくんと心臓が鼓動を早めたのは偶然じゃなくて。


 あなたはきづく ふたりはあるく くらいみちでも ひびてらすつき
 にぎりしめたて はなすことなく おもいはつよく えいえんちかう


「ああでもちょっと驚いた」


 えいえんのふち きっとぼくはいう おもいかわらず おなじことばを


「嶋本は歌が上手いな」
「そおですかー? まぁ上手いのなんて上見たら切りがないし、ああいう場ではノリを確保する方が重要っすよ隊長」
「そんなものか?」
「そんなものです。感動は親御さんに置いておいて、同僚なんてもんは笑いを取ってナンボでしょ! あないに音外すなんて長倉の奴ええ仕事しましたわ!」
 見直したわーあいつそっちの才能あるんちゃうん? と、縁石の上を綱渡りよろしく両手を広げて辿る嶋本は、真田と同じく一滴のアルコールも摂っていない筈なのに、駅で降りてからのそれなりの距離を終始ご機嫌にけたけたと笑っている。


 それでもたりず なみだにかわり よろこびになり


「練習はしなかったのか」
「時間合いませんでしたしねー。最近まで遠距離て聞いたからあの曲に決めたぐらいで、後はぶっつけ本番ですわ」
 あれなら長倉も覚えてる云うたし! と叫んでくるりと一回り。本当に機嫌がいいらしい。
 ふわふわとなびく栗色のくせ毛につい手を伸ばしそうになって、かろうじて荷を持ち直してごまかす。


 ことばにできず ただだきしめる ただだきしめる


「でも上手かった。いい曲だと思うしあのまま覚えてしまいそうだ」

 本当はもう覚えてしまった。
 嶋本の声で紡がれる言葉なら全て。
 
「たいちょも歌うんすか! 今度是非聞かして下さいよ!」
「練習してからな」

 れんしゅう、と嶋本がおうむ返しに呟いて目を丸くする。
「たいちょ、実はカラオケとかよく行かはるんですか?」
「いや、それはないな」
 カラオケはおろか、人前で歌った記憶なぞ子供の頃からぱったりと途絶えている。
「だが、シマが歌っているのを聞いてたら、すごく楽しそうでいいなと思ったんだ」
「へへ、大声出すんはストレス解消にもいいんですよ」
「そうか、じゃあ今度カラオケとやらに行ってみようと思うが、付き合ってくれるか?」
「もっちろんです隊長! 今のカラオケは昔と違ていろいろ種類あるんですよー」
 そのままだむがどうだとか、どこそこは昼間がフリータイムだとか、一生懸命話す嶋本が嬉しくて。


 ゆめならばさめないで ゆめならばさめないで
 あなたとすごしたとき えいえんのほしとなる


 こんな歌詞だったか、と低い声がメロディを紡ぐ。
「…ほうら、あなたにとって、だいじなひとほど、すぐそばにいるの」


「…ほえ」
「違ったか? お前の云う笑いを取るのは難しいな」
「ちゃいますちゃいます! なんや隊長が歌うと全然別の歌みたいやーって」
「それは褒められているのか?」
「勿論! …でも、そないしんみり歌わはるから、まるでバラードみたいや」
 
 でも、たいちょうがうたうんはええなぁと、嶋本が笑うから。

 


 ただ あなたにだけ とどいてほしい ひびけ こいのうた