【SSS−01】
[chapter:■9月14日めざましにて]
「なんやこれ防基じゃないすか」
アナ『その下は裸なんですか?』
隊員『いや、もう一枚着てます』
アナ『そうなんですか』
───ジッパーを引き下げて
隊員『胸毛を』
アナ(笑)
「これ、こないだ俺らが出動してた時のんすね。こんな来てたん知らんかったわーにしても胸毛て。ギャグ滑っとるやんか」
「…シマはつるつるだな」
「よそにもっさり生えとるからええんです! すね毛かてきっちりありますよ」
「うん、ふわふわで手触りがいい」
「ふわふわて……男のアイデンティティを何やと思っとるんですか」
「シマの毛はどこも柔らかいな」
「ど・お・せ、俺の毛質は弱っちいですよ! 寝癖もろくにつかんような隊長の直毛みたいなん根性ありません」
「寝癖ならこないだついたぞ」
「そおですか」
「ほら、されるばかりは嫌だとシマが腕枕をしてくれたろう。その時にだな…」
「わーッ! 朝っぱらから不健全な発言はよして下さい! それになんですか、それは言外に俺の腕が貧弱やと云いたいんですか」
「頭部は誰だって重いだろう。痺れたと云ってもすぐ回復してたじゃないか」
「平気でピンシャンしとる隊長に云われたありません」
「しかし翌日に影響が残るというのはいただけないな。やはり俺がする方がしっくりくる気がする」
「………」
「それに」
「まだなんかあるんすか」
「シマの髪は柔らかくて好きなんだ」
「そーデスカ。俺にとっちゃ悩みどころがえらいあるんですけどね」
「そうなのか?」
「そーナンデス。隊長には全然心配いらへん事ですけど!」
「ふむ」
「そんな顔してたって、どうせ隊長には理解できへんでしょ。考えてるふりしてんのバレてますよ」
「だがな、シマ」
「なんですか」
「俺はシマの毛髪が薄くなっても、変わらずお前を愛してるぞ」
「!!」
「欲情もする」
「……も、ほんま勘弁して下さい」
「シマはシマだ」
「わかりました! 隊長のお気持ちは不肖嶋本よーっくわかりましたから、ちょっとその口閉じてもろてええですか」
「もう不安じゃないか?」
「そこに着地しますか…」
「シマが不安なのは嫌だと思うし、可能な限りその要因は排除したい」
「もうええですって」
[newpage]
[chapter:■オトコゴコロと秋の空]
「やーっぱ風呂上がりにはビールやな〜」
「しまもと」
「わあ! 何なんすかもう! 来とったんなら声ぐらい掛けたって下さいよ! それに何やのそんカッコは!」
「雨に降られたんだ」
「見りゃ分かります! そやのうて、何でこないずぶ濡れになっとんのですか。どっかで雨宿りしたらよかったんに」
「早く来たかったんだ。だが、濡れたまま上がるのも申し訳なくて」
「だからって濡れ鼠のまま玄関で立ちんぼなんて、そっちのがよけびっくりしますわ! ええから早よ風呂使って下さい。洗濯に使おか思てまだ落としてへんですから」
「洗濯するんじゃないのか?」
「隊長が出てからそん服と一緒に廻したりますよ。今更水に濡れんかて男前なんは変わらんのやから、とっとと入ってとっとと乾かす! 風邪引いたかて知りませんよ!」
「毎日濡れてるが」
「そういう問題とちゃいますの! ほら、着替えなら用意しときますから」
「シマも濡れてる」
「いきなし髪引っ張らんといて下さいよ。俺は風呂上がりですもん、当たり前でしょ」
「シマも風邪を引くかもしれない。一緒に入ろう」
「俺は今出たとこや云いましたやん。たいちょが入ったらすぐ乾かしますし」
「冷たくなってきた」
「だから誰のせいやと!」
「どうせなら、二人とも温かい方がいいだろう?」
「うーわー…なんやえらい下心を感じるわあ。一晩に三回も風呂入んのヤですよ俺」
「朝に俺が入れてやるから」
「入らんという選択肢はないんかい」
「シマが嫌だと云うならそれでもいいが、どちらかと云えばいつも入りたがるのはシマの方だろう。いくら拭いてもかさつくし、漏れてくるのもあるからと…」
「ッッギャー! 真顔で卑猥な話せんで下さい! ひとんちの玄関で何してくれとんのですか!」
「恋人を口説いているつもりだが」
「こいびと……たいちょの口から出ると、えらい破壊力ありますねソレ」
「時間切れだ。こんなに冷えてしまっては、引きずってでも連れていくぞ」
「だーもーめんどくさいわー。そんなら俺もうなーんもしませんから。浸かるだけで後はなーもしません」
「構わないぞ。俺が隅々まで洗ってやろう」
「嘘です。撤回します。隊長の手を煩わせるなんてとんでもないです」
「もう遅い」
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[chapter:■沈む水の底]
薄ぼんやりとした光が遮光カーテンの隙間から差し込んでいるのだろう。二の腕の一カ所だけがほんの少しだけ温かくて、嶋本はもぞりと身体を震わせた。
いつ何時でも正確な体内時計は、起きるにはまだまだ早い時刻だと告げていて、そうでなくとも二人揃った非番の朝だ、未だ柔らかい毛布の感触に甘えていても赦される筈だった。
意識が覚醒する前のほんの僅か、瞼を開けぬままに思考だけが取り留めなく泳ぐ一時は、まるでゆっくりと水底に沈んでいく時のような錯覚をもたらす。
ゆらゆらと、でもふわふわと、このまま肌をなぜる温もりと沈んでしまえたら───どんなにか
───あの時は赦されなかった、奥処まで、このまま
「………ま。…しまもと」
「…たいちょ?」
「…起きているんだろう? そんな顔で眠るな」
「どんなかお」
「………泣きそうな、辛そうな、幸せそうな。煽られそうだから、目を開けてくれ」
そおや、抱き締められとる時と、おんなじ
おんなじ、だから
「……煽られて、くれへんの?」
二人でいるんだから、沈むのも二人がいい
「しまもと」
「ふふ、ふ」
──だいすきや、さなださん
「…後悔、するなよ」
肌をまさぐる手が熱いのがうれしい。
さらってしまって───あの水の底まで
連れていって───あなたのいる深みまで
「…後悔、なんて」
するわけない
ふたりなら、そんなん
「は、ふ」
いっぺんだって───ないんやで?
[newpage]
[chapter:■枕]
「いったたた…」
「どうしたの? 随分辛そうだけど、よければ診ましょうか?」
「あーいやええねん。ちょお寝違えてもただけや。さんきゅな」
「そう? いつもころころ寝返り打って寝てるのに、寝違えなんて珍しいね」
「…ちっとな」
「合わない枕は頚椎を傷めますし、一度専門店で作ってもらったら如何ですか? 安くはありませんが、値段分の効果はありますよ」
「まくら、なー」
「だから云ったろう、あの枕じゃお前には高すぎると」
「うっわ!」
「隊長」
「意地を張って慣れない枕に固執するからだ」
「たいちょおは黙っといてクダサイ」
「………」
「翌日に影響が出るようじゃそういう訳にもいかない。別に俺は構わないと云ったろう」
「たーいーちょーおー!」
「成程、昨夜は枕を変えて寝てたんですね」
「高嶺……あのな、これはな」
「自分に合った枕が一番ですよ。シマ」
「高嶺の云う通りだな。それに」
「!」
「俺も、この感触がないとイマイチよく眠れない」
「習慣は侮れませんからね」
「どちらかと云えば眠りは深い方なんだが、昨夜は落ち着かなくてな」
「………」
「シマ?」
「ちゃうねん! これは! ああもう離し!」
「こら、暴れるな」
「大丈夫だって、そんなの今更だから」
「今更?」
「あ」
「シマは気付いてなかったみたいだけど、しょっちゅう仮眠室で真田隊長が抱えてますもの。もう皆見慣れてますよ」
「はあ!?」
「………」
「たいちょお」
「バレてないとでも?」
「あのな、嶋本、あの時はたまたま」
「………」
「………」
「………しま?」
「…俺がええて云うまでお触り禁止!」
「待てシマ! それは」
「うっさい! たいちょなんか知らん! いてまえあほー!」
「シマ!」
「おやおや、シマは奥ゆかしいですね」
「高嶺……」
「そんな目で見なくとも、真田隊長の自業自得でしょう」
「だが」
「それに」
「?」
「シマは枕が違うと眠れないようですし、シマの筋肉痛を少し待っては如何です?」
「嶋本が辛いのは嫌だ。それに俺も眠れない」
「トッキューが幼稚園と同じキャパしかないように聞こえますので慎んで下さい」
「幼稚園…」
「腕の中がスカスカして寂しいなら、抱き枕でも買っては?」
「それでは嶋本の匂いも温もりもしない」
「直截に申し上げると変質者ぽいですよ隊長」
「事実だ」
「どちらがですか」
「高嶺ぇ! 明日の合同訓練の打ち合わせするから早よ来いや!」
「ご指名ですのでちょっと行ってきます」
「俺が」
「たいちょなんて知らんわ! こっちくんなあほう!」
「……しま」
「だ、そうですよ。まぁ隊長もこれを機に、もう少し羞恥心をインストールして下さいね」
「たかみね…」
おわれ