廃園

一次二次創作を含む世迷言です。何でも許せる方のみどうぞ。あくまで個人的な発言につき、転載、引用はお断り致します。

【Better leave it unsaid, but】

 

 

 

 

 

 

 


「………………………あ−ブルマ………」
「何?」
「………………悪かったな、わざわざ……………済まなかった」
「………ねぇピッコロ?」
「………………?」
「アタシはね、迷惑だとも思ってないし、あんたがアタシを頼ってくれた事を嬉しいと思ってるわ。………今みたいに、あんたがアタシに対してちゃんと御礼が云えるくらい悟飯くんを大切に想ってる事もね」
「………………………」
「何て云ったらいいのか解らない気持ちは解るけど、やっぱり悟飯くんにだって言葉にしなきゃ解らないものだってあるんだから、あんたはもう少し自分の気持ちを伝える事を練習した方がいいわよ?」
「………悟飯にだって………解らない………?」
「おーいブルマ! もう離陸するぞい!」
「いいわよ上げて! ………………そうよ? 言葉にしなくても解ってもらえるだなんて相手に甘えてるだけなのよ………………」


「………………………甘えてる、か………」

 

++ Better leave it unsaid, but … ++

 


「───はい、じゃ次は咽見るから口開けて。悟飯くん」
「はーい」
「─────ッ!」
「………………そんな眸で見なくても変な事なんかしやしないわよ、もう!」
「………………(笑)」
「なッ! オ、俺は別にそんな………」
「悟飯くんは笑ってないでちゃんと口開けて!」
「ひゃい」

 

「──────39度6分。扁桃腺が腫れてて、頭痛があって嚔が出て洟が少し………と。完全に風邪ね、悟飯くん?」
「………すみません、ブルマさんにまでわざわざ御足労戴きまして」
「─────酷いのか?」
「別にアタシが苦労したんじゃないからいいわよ。アタシを此処まで運んだのはピッコロだし」
「え? 飛行艇で来たんじゃないんですか?! 」
「違うわよぉ! チャイムがあんまり煩いから、誰かと思えばあんたン家の奥様がすっごい貌して立ってるし! どうしたの? って聞いても悟飯が倒れたとしか云わないし」
「倒れたって………ちょっと目眩起こしただけだったんですけどね」
「…………で! 風邪とやらの具合はどうなんだ?! 」
「悟飯くんからの緊急コールは無いから、そんな事じゃないかとは思ったけど。………取り合えず応急キット持って飛行艇のエンジン掛けようとしたら、アタシ引っ掴んでお空へまっしぐらだもの」
「───うわぁ……!」
「──おいッ! ブルマ!! 」
「うっるさいわね! この位だったら悟飯くんの体力なら大人しく寝てればすぐ直るわよ! この心配性!」
「─────ッ?! 」
「………!(笑)」
「まぁ丁度夕方だったから、綺麗な夕焼けは堪能させてもらったけど」
「………それは良かったです(笑)」
「───でも珍しいじゃない? 悟飯くんが風邪なんて引くの。………どーせ濡れた髪のままでピッコロとあれこれしてたんでしょう?! 駄−目よお? 今の時期は季節の変り目で体調崩し易いんだから」
「いえ、ピッコロさん濡れた髪の感触はあまり好きじゃないみたいなんで。昨日だってちゃんと乾かしてからお相手願いましたよ?」
「ッ! 悟飯ッ!!! 」
「………………と、云うのは冗談だったんだけど」
「………………ええ、僕も軽いジョークのつもりだったんですけどね」
「──────ッ!! 」
「…………正直者な奥様で大変ねぇ、悟飯くん?」
「………素直でとっても可愛いです(笑)」
「───ブルマッ!! 手当てが終ったんだったらとっとと帰れ!」
「あんたが連れて来たんでしょうが!」
「ピッコロさん、さっきブルマさんの御宅には僕から連絡しておきましたから。………ああほら、博士が迎えに来たみたいですよ?」
「あらホント。───じゃね悟飯くん。一応その薬は3日間続けて飲んでね」
「解りました。本当にありがとうございました」
「いーわよう! 他ならぬ悟飯くんの為だし、………滅多に見られないものも見せてもらったし」
「?」
「ブルマッ!! 」
「……煩い。───い−いピッコロ。2〜3日は大学休ませて、栄養摂らせて暖かくして、大人しく寝かせときなさい。勿論修行なんて論外。大声出させても駄目よ?」
「……………解った」
「解熱剤が効けば大学休む程じゃ………」
「駄目駄目。あんたってばこんな貌の奥様残してお仕事行く気?」
「………………………」
「………………? 何だ?」
「………そうですね、さっきから全然気が付いてないみたいですしね」
「そーよぉ! 何時もだったらすっぐ怒って怒鳴りつけるのに」
「………………???」
「──解りました。まぁ丁度研究も一区切り着いた処ですし、この機会にゆっくり有給消化させてもらう事にします(笑)」
「そうなさいな。───ああ見送りはいいわよ。病人は寝てなさい」
「………すみません」
「何かあったら遠慮なく連絡頂戴ね? じゃあねー!」
「はい! ブルマさんもお気を付けて!………………ピッコロさん?」

 


「─────珍しいですね、ピッコロさんがブルマさんのお見送りだなんて。無事発進しました?」
「………まぁな。少しふらついていたが大丈夫だろう。───お前は?具合はどうだ?」
「大丈夫です。解熱剤も効いてきたみたいだし。………もう吃驚しましたよ、僕をベッドに突っ込んでさっさと飛んでっちゃうんだもの」
「─────それはッ! だって………」
「うん、解ってる。……心配してくれたんだよね? ありがとう、ピッコロさん」
『………………………。腹が減ったろう、何が喰える?』
「お腹は壊してないから何でも食べられますよ。………て、念話?」
『………咽が痛いんだろう? あまり声を出すなとブルマにも云われただろうが』
『只の風邪だから平気ですよこの位………』
『いいから! お前は黙ってろ!………何でも喰えるんだな?』
『リクエストしてもいいならシチューが食べたいです』
『シチューか、解った。………………ん? 何だ悟飯』
『ちょっとちょっと』
『………………?』
『解ってる? ピッコロさん。……念話だと、シールドしない限り相手に考えてる事全部筒抜けなんだよ?』
『………………そんな事解ってる』
『………本当に? ………じゃあね………』
「何にもしないから眸を閉じて? ピッコロさん?」
『──────!』
『………………?』
『………………』
『………………』
『………………ッ! ………………この嘘付き野郎………!』
『僕シールドしませんでしたよ?』
『言葉で眸を瞑れと云っただろうが!』
『………何されるか解ってて、それでも云う事聞いてくれたの? ………僕は何時だってピッコロさんにキスしたいんだから、そんな事云うと付け込んじゃいますよ?』
『───付け込むって………ッ! 今更ッ!』
『……………ピッコロさん? シールドしないと………………』
『………………いつまでもッ! ……“お前のしたい事”が“俺の厭な事”だと思うな! ………オッ俺だって少しは“俺のしたい事”とか………』
『……………ピッコロさん………!』
『………“俺のして欲しい事”とか………………』
『──ピッコロさん!! 』
『……………………………重いぞ、悟飯』
『嘘ですね、そんな事思ってないじゃないですか。………………じゃあね、じゃあ、夕飯食べたら添い寝して下さい。それ位いいでしょう? ピッコロさんには風邪移らないんだから』
『………………ガキじゃあるまいし』
『………ありがと、ピッコロさん。………………いいじゃないですか、僕今ピッコロさん抱き締めたくってしょうがないのピッコロさんだって解ってるでしょう?』
『………病人は大人しく寝てろ』
『うん、ピッコロさんが本気でそう思ってる事も、厭がってる訳じゃない事もちゃんと教えてもらったから───直ったらいい?』
『──────ッ!!! 』
『いったーッ!!  何で殴るんですかそれこそ今更でしょう?!  あーッ! しかもシールドしたッ!』
『煩いこのエロガキッ! 夕飯出来たら此処に持って来てやるからそれまで大人しく寝てろッ!』
『………………シチュー?』
『……ああ、シチューな』
『………………はい、じゃあ少し眠りますね。出来たら起こして下さいよ?』
『解った解った。………さぁもう寝ろ、大人しくしてるのが一番だとブルマが云っていたろうが』
『はい、お休みなさいピッコロさん』
『………お休み』
『………ねぇ、ピッコロさん?』
『………………ん?』
『………僕ね、僕、ピッコロさんが大好きですよ………?』
『………………………』
『………うん。ありがと、ピッコロさん………………』

 

 

 

【僕と あなたと あなたと 僕と】

 

 

 

 世界が秋への衣替えを始めるこの季節、騒がしき人界では上期下期の切替の真っ最中で。
 悟飯の勤める大学では、世間一般で云う処の売上の締めだの商品の棚卸だのといった雑事とは無関係でいられるかと思ったが、やっぱり其処はそれ庶務の方から備品の在庫やら来期に予算申請する新規の研究やらの書類作成が山積みで、今日も今日とて悟飯が我が家に帰り着く頃には日もとうに暮れ、何時もならば玄関の外まで出迎えてくれる筈のピッコロの姿も無い。

 ──────最近忙しかったからな………………。

 これと云って、この時期皆が皆多忙を極めるのは別段悟飯の所為では無いのだけれど。
 未だ秋の始めとは云え、やはり明方や夜にはかなり気温が下がる。如何に寒さに強いナメック星人のピッコロと云えど、昨晩出迎えてくれた姿はやはり何処か寒そうで。心配ないと身を翻す彼の人の長い耳先がほんの少し血の気が引いているように見えて。

 ………思わず抱き締めて揺れる耳先に口付けたら思いっきり殴られたんだっけ………。
『───ッ!!!  いーからさっさとメシを喰っちまえ!』って。
 一緒に暮らし始めて未だ半年足らず。愛しいひとのガードは未だ鉄壁。
 僕の気持ちを受け入れてくれた筈の彼の人は、どうにも地球風の愛情表現に戸惑う部分が多いらしい。

 ただいま帰りました、と声を掛けてドアを開ければ、真直ぐ伸びる廊下の向こうから漂う甘い匂いが悟飯の鼻孔をくすぐった。

 ………バター独特のしっかりした匂いと、甘い玉葱の匂い。これは………! うきうきと浮かれてしまう僕の予想は多分外れちゃいない筈。

 そのまま突き当たり奥に続くドアを開ければ、リビングに連なる対面式キッチンで熱心に木べらを廻すピッコロさんが居た。
「───ただいま帰りました、ピッコロさん」
「ああ、お帰り悟飯。……悪かったな、出迎えもせんで」

 ───真直ぐ僕の眸を見て云ってくれたから、いいですよ? そんな事。

 キッチンに立つピッコロさんの本日の服装はシンプルな生成りのマオカラーの長衣に、胸元から被う紺色のカフェタイプのエプロン。胴衣を着ている時は腰丈からのエプロンしか付けないのに、僕がプレゼントした服を着ている時には決まって長いタイプのエプロンを身に付けてくれるのは、やっぱり汚さないように気を配ってくれているんだろうなぁと、そんな処にもピッコロさんの優しさと可愛さが垣間見えてしまって堪らなくなる。

「───オニオンスープですか?」
「うむ。………此処の処疲れているようだしな。朝に食べたいと云っていたろう? ………初めて作ったから美味いか不味いかよく解らんのだが………。……取り合えず前にTVで見た記憶に頼ってな。………どうだ? こんなモンか?」
「すっごく美味しそうです」

 ことことと煮込まれているオニオンスープはとても綺麗な飴色で、くるりとピッコロさんの手が廻る度に木べらに纏わり付く玉葱には焦付き一つ見えなくて。
「結構時間掛かったでしょう?玉葱を此処まで炒めるのは意外と大変ですものね。………ありがとうございます、ピッコロさん」
「………別に、大した手間じゃない。……………ほら、味見させるから、さっさと手を洗って着替えて来い」
「はい!………ああでも手は今すぐ洗いますから、まずは味見させて下さいよ。僕もうお腹ぺこぺこなんです!」
「………しょうのないヤツだな………」

 ……嘘じゃない。実際お昼にピッコロさんお手製のお弁当を戴いた後には珈琲しか口にしていない。
 家に帰れば誰より大好きなひとと、その手料理を戴けるっていうのに、どうして他のひとと何か食べなきゃいけないのか。………そんな暇があったなら、僕は一分一秒でも早く帰りたいのだから。大好きなピッコロさんの待つこの家に。

「………熱いから気を付けろよ」
 無表情のポーズで僕を気にしてくれながら小皿にスープを寄そうピッコロさんの耳先が、ほんの少し下がって赤いのは気の所為じゃない。

 初めて作った料理を僕に味見させる度に、ピッコロさんは物凄く恥ずかしそうな申し訳なさそうな貌をする。地球人やサイヤ人のような味覚を持たないこのひとには、火の通り具合や料理の色、匂いでしかその味を計る事が出来ないのだと以前聞いた事がある。………材料に毒が入っていない限り、火さえ通っていれば食べられるとは解っているんだが、………それしか解らんのだ、と。
 お世辞でも冗談でもなく、ピッコロさんの手料理なら例え生だろうが毒が入っていようが美味しく戴きますよ!と云ったら結構本気で頭を小突かれた。

 ─────それじゃ困る。不味かったら不味いとはっきり云え! ……云われなきゃ俺には判断付かんのだから────………。

 宣告通り熱くなっている小皿を落とさないように丁寧に受け取りながら、蘇った記憶に知らず笑みが溢れる。

 ………それじゃ困るってピッコロさんが食べる訳じゃないのにな。………自分には必要のない事なのに、僕に美味しいものを食べさせたいんだって、だから教えてもらわなきゃ困るんだって、………自分の云った事の意味を、このどこまでも不器用なひとはちゃんと解っているのかな………?

「………何がおかしい」
「いえ、何でもないです」

 戴きます、とピッコロさんに黙礼して、有難く小皿を口に運んだ。口内に広がるしっかりした玉葱の甘味………………って、それにしても甘い?!  何でこんなに甘いんだ? ………まるで何かのシロップのような強烈な甘味に思わず言葉を失う。
 眸を見開いたままの僕の反応に何かを察したのか、ピッコロさんが無表情に鍋の中身を流しに流そうとする。
「───うっわ! 何しようとしてんですか! ピッコロさん!」
「失敗してるんだろう? ──不味かったら、喰わなくていいから………」
「そういう問題じゃありませんッ!──ちゃんと戴きますよ。馬鹿な真似は止めて下さい勿体無い!」
「………玉葱以外にそう材料費なんて………今の時期安いし………」
「だぁからそぉゆぅ問題じゃ無いんですってば!」

 ───間一髪で鍋の奪還に成功した僕は、まだ納得がいってなさそうなピッコロさんから折角のオニオンスープを守るべく、僕の背後に位置するキッチンテーブルにそっと鍋を降ろした。

「………ピッコロさん」
「……………………」
「折角僕の為に長い時間を掛けて作ってくれたスープでしょう? どうして何にも聞かずに捨てちゃおうとするんですか」
「……………だが失敗してるんだろうが」
「失敗なんかしちゃいませんよ。……予想以上に甘くてちょっと吃驚しただけです。───もしかして、結構砂糖とか入れました?」
「………………入れた。………入れないもんだったのか?」
「………入れても、そんなに量は入れませんね。………玉葱からかなりの甘味が出ますから」
「───玉葱は辛いモンじゃなかったのか?」
「─────え?」
「こないだサラダに玉葱を入れた時、お前辛いって云ってたじゃないか。………だから、オニオンスープが喰いたいって聞いた時には何で辛いものをと思ったが、………疲れている時には甘いものが良いんだと前にブルマが云ってたから………………」
「………ピッコロさん……………」


 ───それは確かに先日の朝の事、朝食のサラダの中にたっぷりの玉葱が入っていて。
 どうやら新玉葱はサラダに美味しい、とか何とか母さんから聞いたらしく、『新玉葱』というのを『買ったばかりの玉葱』と判断し、そのままスライスもせず冷水に浸ける事もせずに乱切りでどーんとサラダボールに鎮座まします生の玉葱に、辛いものが苦手な僕は舌をピリピリさせながらもピッコロさんに説明した。

 ───玉葱は少し辛みがありますから、生で食べる時には薄くスライスして食べるといいんですよ───。


「………そうでしたね。……御免なさいピッコロさん、僕の説明が足りなかったんです」
「……………もう訳が解らん。二度と作らんからな」
「そんな事云わないで。─────あのね、ピッコロさん。───玉葱はね、火を通すと甘くなるんですよ───」
「──甘くなる? 辛かったのにか?」
「───そう。今日ピッコロさんが料理してくれたみたいに、ゆっくりゆっくり手間暇掛けて火を通してやれば、手を掛けた分だけ、どんどん甘くなるんです」
「……………面倒なものだな」
「──そうですか? 僕は大好きです。…………手を掛けた分だけしっかり甘味を返してくれるなんて最高じゃないですか」

 ほんの少しむくれたような貌をして僕の背後の鍋を睨み付けるピッコロさんは、僕が出逢った頃のピッコロさんと全く変わらない姿で、そして、あの頃とは随分変わった。

 鍋の縁に付いたスープを指で掬い取り、そのまま流しを背にして立つピッコロさんに距離を詰める。

 ───変えたのが、僕の存在だったらいいのに───。

 僕の気持ちなんかまるで解っちゃいない貌をして、きょとんと深紅の瞳を丸くしているピッコロさんの口元にそっとスープを擦り付け、そのままぺろりと嘗め取った。


「ほら………、ピッコロさんだって甘い」


 ───手を掛けた分だけどんどん甘くなる玉葱みたいに、何時かピッコロさんの心も甘く煮蕩けてくれたらいいのに───……。

 抱き締めた肩口に貌を埋めれば、まるであやすようにぽんぽんと頭を叩かれた。………珍しく鉄拳制裁も無いまま大人しく抱き締められてくれている恋人は、僕とは何もかも違う、それでもたった一人の大切なひと。

「……………もう子供じゃありませんよ?」
「───お前は何時迄たっても手の掛かるガキのまんまだろうが」
「───子供はこんな事しません──────」


 重ねる口付けに、ほんの少しづつ深くその吐息を搦め取りながら、このひとの中の僕は一体どんな存在なんだろう………と、小さくつきり、胸が傷んだ。

 

 

 

 

 

 

【SSS−02】

 

 


[chapter:■空への梯子]

 


「いよいよ救助が始まりましたね」
「ああ」
「地下七百メートル、落っこって生きてたんも奇跡なら、脱出も奇跡や」
「きっと、世界中のレスキューマンがこの映像を見てるだろうな。だが、脱出は奇跡じゃ出来ない」
「…」
「どんなに不可能に思えても、決して諦めなかった結果だ。国境を越え、人種を越えて、誰ひとりくじけず、救出を信じて努力し続けた」
 ───レスキュー隊は勿論、垣根を越えて協力したNASAも、声と祈りを届け続けたマスコミも、様々な物資と技術を提供した諸外国も、そして地下に沈んだ要救助者も───誰もが、誰ひとり。
「…そうですね。すみません、失言でした」
「この映像を見て、この救助を見て、俺達はまたひとつ壁を越える。越えられた事を知って、そして、まだ前に進める」
「無事に、全員地上に出られるとええですね」
「せめて信じて祈ろう。ここにいる俺達にはそれしか出来ないからな」
「そういえば」
「ん?」
「いっちゃん最初に上がってくんのって、怪我人や病人やのうて、元気でピンシャンしとるベテランだそうですよ。何があるか分からん云われて、おっかないでしょうね」
「安全確認もあるだろうからな。要救助者の体力精神力を考えれば外から入った人間では検証にならないし、現場としては苦渋の判断だな」
「…隊長ならどないします?」
「?」
「俺達があの場に一緒に落っこってたら、隊長は行かはりますか?」
「………いや」
「やっぱり」
「……何が起こるか分からないんだろう? ──なら、お前を行かせるよ。お前の方が閉鎖的な状況での動きは機敏だし、緊急事態への判断も任せられる」
「そんで、隊長は最後に出てくるんや」
「そうだな」
「地上でいーっぱい綺麗なおねーちゃんが待っとるのに、待ちぼうけくわすんや」
「嶋本は待っててくれないのか?」
「んーどないしよ。あんまり待たされたら迎えに行きたなるかも」
「地下七百メートルまでか」
「地下七百メートルまでっすね」
「──二人っきりか、帰りたくなくなるな」
「中継カメラん前で不埒なん止して下さいよちょっと」

 


[newpage]

 

 

[chapter:■専用SWEET]

 

 

「……んっ…ん、……ッ!」
 もー何でこないなんなってんや俺ーッ!!
 つか訓練! 訓練てもお嘘やろ!

 

「いい加減止めるKA」
「段々公開セクハラの様相を呈してきましたね」

「片腕で廻る腰、すっぽりと抱き込める肩幅…」
「んんっ!」
「ああ、尻も小さいな。だが弾力がある」
 あんた、一体どこまでする気なん!
「誰かな。もう少し確認させてもらおうか」

「誰が始めたんですか。目隠ししてバディを探す、だなんて」
「そう云うNA。一応これでも真田の前にゃ五人並べたんだZE」

「んっ! …は、ちょっ──ん!」

「大体あの位置に頭がある時点で、シマだってすぐ分かったでしょうに」
「ありゃー完全に遊んでるNA」
「と、云うか、他の隊員になんて目もくれずに直進してましたけどね」


「目尻が濡れているな、泣いてるのか?」
 どれ、と目元にかさついた感触がした後で、濡れたものが肌をなぞってゆく。
 ほんま勘弁して。足の力抜けそ


「匂いで分かんのKA? 大型犬が野良猫にじゃれてるみてーだNA!」
 HAHAHA!と笑い声が煩い。
 ちくしょお後で覚えとれ

「匂いと云うよりもフェロモンじゃないですか?」
 高嶺ぇ、おどれだけは信じとったんに


「………たいちょ」
「………声を出すのはルール違反だぞ、しま」
「…それ以上ふざけんなら、これが最後だと思って下さいよ」


「分かったぞ黒岩さん。これがシマだ」


「何だ、いきなり白々しいNA」
「…きっと奥さんから何か云われたんでしょう。お預けだとか」
「っかー! 尻に敷かれっぱなしだなぁオイ」

「聞っこえてんじゃど阿呆共! 覚えとれやこのゴリラ!」

「おいだんなー! ちゃんと機嫌取っとけYOー」

「それは今夜にでもじっくりと」

「知るか阿呆お!!」
 ぜったさしたらん! ちくしょお破裂すんまで干したる!

 


「………しま」
「なんすか。たいちょなんぞ知らん云うたでしょ」
「意地を張るな。……少し濡れてるだろう?」
 おまえの においが するよ。
「──ッ!!」
「夜までいい子で待ってろ。……ほら、おいで」

 


「あ、捕獲されましたね」
「どうせ真田がまたろくでもねえ事云ったんだRO」
「シマも大概真田隊長に甘いんだから」
「似た者夫婦KA」
「バカップルって云うんですよああいうのは」

 


[newpage]

 

 

[chapter:■ハロウィン2010]

 


「とりっくおあとりーと」

 

「……ひとんちの玄関で何の真似ですかそれは」
「狼男、だそうだが」
「犬耳付けて首輪付けて棒読みでとりっくて! トッキュー隊長ともあろうお方が何してくれとんのですか!」
「今日はこう云ったら甘いものを貰える日ではないのか?」
「そらそーですけど! そんなん三十路のおっさん二人でやらんくてもええでしょ」
「いや、嶋本はいつも若々しい」
「そらどうも〜って! それは俺が童顔だっちゅー厭味ですかい」
「可愛いと思うが」
「がぁっ!」
「童顔じゃなくなっても可愛いぞ」
「〜〜〜ッ!! 大体! たいちょにんな余計な知恵付けたん誰ですもお!」
「イガさんが教えてくれた」
「…きちょお……」
「この耳は高嶺からのプレゼントだ」
「………ブルータスお前もか………」
「似合わないか?」
「似合いますけど似合ってどーすんですか」
「うん、似合ってたらたくさんさせてくれるかと思って」
「させて、て」
「イガさんが云ってたぞ。お菓子を貰えなかったら悪戯させてくれるんだろう?」
「いたずら…て、ちょっと」
「どんな菓子よりも嶋の方が甘いし、そうだな、俺がしたいのも勿論だが、嶋からしてくれるのも捨て難いな」
「…不穏当なこと笑顔で云いながらひとん事脱がすのやめて下さいよ」
「狼男だからな」
「意味分からへん」
「そうか? しまもと、とりっくおあとりーと」
「……」
「しま」
「………じゃあちゅーで。それ以上は、明日が一応準待機っちゅー事をふまえて……どーぞ」
「わん!」
「…たいちょ、狼は『わん』なんぞ云わんのです…って! ちょ、待て待て待て! ハウス!」
「狼男だからな。丸くてすべすべで美味そうだ。さすがにここは焼けないな」
「噛まっ!」

 

 


[newpage]

 

 

[chapter:■恋人はサンタクロース]

 


『…発達した低気圧の影響により、太平洋側地域は今夜より冷え込み、週末は例年よりも五〜七度ほど下がった真冬並の気温となるでしょう。インフルエンザの流行も確認されていますので、外出なさる際には……』

 

「…嶋本、どうした?」
「いえ、いよいよ本格的に寒なるなぁ思て」


 時節の動きを追うにはもってこいのワイドショーを、情報収集がてら聞き流すのはさほど珍しい事ではない。リビングテーブルに広げた作り置きのおかずと白飯を二人角隣にかきこみながら、壁のスペースをそれなりに占拠するテレビから流れる海外ニュースや巷の事件にたわいもない品評を付ける、いつもと云えばいつも通りの朝の光景だ。
 海上保安官、その中でも特殊救難隊という職業柄、隣国の情勢や自然災害の報に意識が向くのは当然だが、さほど珍しいとは云えない天気予報を、箸を止めてまでじっと見遣る嶋本というのはあまり見ない光景で、季節柄変哲もない天気図の何が気になるのかと自らのバディに問うても、にっこり笑って流されてしまった。
 本当に何でもない事なのだろうに、どこか「あしらわれた」感を感じるのは、業務の中ではいざ知らず、こういった日常の会話で嶋本に勝てた試しがほとんどないせいかもしれない。何を云うつもりもなく、またどう云ったものかも分からず、ついいつもの甘えで嶋本をじっと見てしまった真田に、そんな事は分かっているとばかりに嶋本が更に笑う。

「ほんとうに、なんでもないですよ」

「しま」
「何だかんだで先延ばしにしちゃいましたけど、そろそろ冬支度せなあかんなぁて、思い出しただけです。隊長の冬コートも出しておきましょか」
「コート?」
「持ってはったでしょう? カシミアの長いヤツ。あれ暖かいし、たまには着てあげな」
「あれは動きにくい」
「そうは云うても、まさかスーツん時までヤッケじゃあかんでしょ。勿体ないです、あれ着た隊長格好ええのに」
「そうなのか?」
「ええ、惚れ直しそうです」
「じゃあ今から着て出るか。買うのは食料と靴だったな」
「別にすぐ着ろ云うてませんよ。スーツ着てる訳とちゃうんやし、今は楽なもん着て下さい」
「じゃあスーツで」
「たいちょ、どこまで買いもん行くつもりですか」
「駅前の商店街だな」
「商店街にスーツにコートて。えらいドレスコードですね」
「惚れてくれるんだろう?」
「なっ?!」
「嶋が惚れてくれるんなら、スーツでもコートでも何だって着るさ。俺は毎日毎日惚れ直すのに、不公平じゃないか」
「不公平てそれ、日本語の使い方間違うてますよ」

「そうかな」
「そうです」

「残念だ。せっかく得点が稼げると思ったのに」
「稼いで誰と競ってるんですの」
「嶋はいい男だから」
「は?」
「誰からも愛される。その嶋が俺に惚れてくれるんなら、何だってするさ」
「………あの」
「これでも結構必死なんだ」
「……シード権どころか独走状態なんで安心しといて下さい」
「そうか?」
「そこを疑わんといて下さいよ。何なんすかもう。先々別れる予定でもあるんすか」
「絶対ない。嶋を離すつもりなんて毛頭ない」
「……ならええでしょ。つかですね隊長。さっきからミョーに口が廻ってはりますが、自分の状態分かってはります?」
「?」
「赤い顔。とろんとした目つき。飯渡すんに触ったらえらい熱かったし、普段より明らかに躁状態です」

「しまもと?」

「風・邪・で・す・よ! これから寒なるってのに、なに先取りして引いてんですか! また布団を俺にばっか掛けて背中出してはったんでしょ!」
「………」
「飯食う元気があるだけマシやけど、どんどん顔赤なってくるし。今日は外出たらあきません。一日大人しく寝てて下さい!」
「だが買い物が」
「後で俺が行って来ます。ついでに薬も買って来たりますから」
「こーと……」
「たいちょは何着てたって男前です! 今のスウェットだって十分ですよ」
「………」
「唸らないで下さい。考えたってあきません。ちゃんと頭廻ってへんでしょーが今」
「しまのことだけかんがえてる」
「ああそーですか、そらどーも。……ほら、飯食ったんならさっさと寝て下さい。家の事はやっときますんで」
「……」

「…隊長ならね、多分一日大人しくしてくれはったら明日にはすっきりです。仕事休みたないでしょう? 体調管理も仕事の内ですよ」
「………」
「たいちょう?」
「……点数が下がった気がする。残念だ」
「知らんのですか? 隊長らしい」
「?」
「や、知らんでええです。 ほら、先ずはもう寝ちゃって下さい。一汗かいたら着替えましょうね」
「それなら一緒に……」
「大人しくて云うたでしょ! ええこにしたらんとサンタさん来ませんよ」
「……ああ、クリスマスか」
「そーです。欲しいもんあるんやったらええこにしてな」

「しま」
「はい?」

「嶋本がいい。他に欲しいものなんてない」
「………まーったく」
「しまがいい」
「……俺なんてもう持っとるでしょーが。ほんま、熱でアホなってますねぇ」
「しま」
「はいはい。熱が下がったらね、プレゼントをベッドに突っ込んどいてあげますよ。そんなん入る靴下なんぞありませんからね」
「やくそく」
「はい、約束」

「おやすみなさい」
「はい、おやすみなさい」

 

「風邪引き男と目病み女、ね…。確かに色っぽくてかなんなぁ。あんま精の付くもん食わすのも怖い気するけど……しゃあないか」


「ええこには、プレゼントやらなな」

 

 

 

 

【SSS−01】

 

 


[chapter:■9月14日めざましにて]

 


「なんやこれ防基じゃないすか」

 


 アナ『その下は裸なんですか?』
 隊員『いや、もう一枚着てます』
 アナ『そうなんですか』
 ───ジッパーを引き下げて
 隊員『胸毛を』
 アナ(笑)

 


「これ、こないだ俺らが出動してた時のんすね。こんな来てたん知らんかったわーにしても胸毛て。ギャグ滑っとるやんか」
「…シマはつるつるだな」
「よそにもっさり生えとるからええんです! すね毛かてきっちりありますよ」
「うん、ふわふわで手触りがいい」
「ふわふわて……男のアイデンティティを何やと思っとるんですか」
「シマの毛はどこも柔らかいな」
「ど・お・せ、俺の毛質は弱っちいですよ! 寝癖もろくにつかんような隊長の直毛みたいなん根性ありません」
「寝癖ならこないだついたぞ」
「そおですか」
「ほら、されるばかりは嫌だとシマが腕枕をしてくれたろう。その時にだな…」
「わーッ! 朝っぱらから不健全な発言はよして下さい! それになんですか、それは言外に俺の腕が貧弱やと云いたいんですか」
「頭部は誰だって重いだろう。痺れたと云ってもすぐ回復してたじゃないか」
「平気でピンシャンしとる隊長に云われたありません」
「しかし翌日に影響が残るというのはいただけないな。やはり俺がする方がしっくりくる気がする」
「………」
「それに」
「まだなんかあるんすか」
「シマの髪は柔らかくて好きなんだ」
「そーデスカ。俺にとっちゃ悩みどころがえらいあるんですけどね」
「そうなのか?」
「そーナンデス。隊長には全然心配いらへん事ですけど!」
「ふむ」
「そんな顔してたって、どうせ隊長には理解できへんでしょ。考えてるふりしてんのバレてますよ」
「だがな、シマ」
「なんですか」
「俺はシマの毛髪が薄くなっても、変わらずお前を愛してるぞ」
「!!」
「欲情もする」
「……も、ほんま勘弁して下さい」
「シマはシマだ」
「わかりました! 隊長のお気持ちは不肖嶋本よーっくわかりましたから、ちょっとその口閉じてもろてええですか」
「もう不安じゃないか?」
「そこに着地しますか…」
「シマが不安なのは嫌だと思うし、可能な限りその要因は排除したい」
「もうええですって」

 


[newpage]

 

 

[chapter:■オトコゴコロと秋の空]

 


「やーっぱ風呂上がりにはビールやな〜」

「しまもと」

「わあ! 何なんすかもう! 来とったんなら声ぐらい掛けたって下さいよ! それに何やのそんカッコは!」

「雨に降られたんだ」

「見りゃ分かります! そやのうて、何でこないずぶ濡れになっとんのですか。どっかで雨宿りしたらよかったんに」

「早く来たかったんだ。だが、濡れたまま上がるのも申し訳なくて」

「だからって濡れ鼠のまま玄関で立ちんぼなんて、そっちのがよけびっくりしますわ! ええから早よ風呂使って下さい。洗濯に使おか思てまだ落としてへんですから」

「洗濯するんじゃないのか?」

「隊長が出てからそん服と一緒に廻したりますよ。今更水に濡れんかて男前なんは変わらんのやから、とっとと入ってとっとと乾かす! 風邪引いたかて知りませんよ!」

「毎日濡れてるが」

「そういう問題とちゃいますの! ほら、着替えなら用意しときますから」

「シマも濡れてる」

「いきなし髪引っ張らんといて下さいよ。俺は風呂上がりですもん、当たり前でしょ」

「シマも風邪を引くかもしれない。一緒に入ろう」

「俺は今出たとこや云いましたやん。たいちょが入ったらすぐ乾かしますし」

「冷たくなってきた」

「だから誰のせいやと!」

「どうせなら、二人とも温かい方がいいだろう?」

「うーわー…なんやえらい下心を感じるわあ。一晩に三回も風呂入んのヤですよ俺」

「朝に俺が入れてやるから」

「入らんという選択肢はないんかい」

「シマが嫌だと云うならそれでもいいが、どちらかと云えばいつも入りたがるのはシマの方だろう。いくら拭いてもかさつくし、漏れてくるのもあるからと…」

「ッッギャー! 真顔で卑猥な話せんで下さい! ひとんちの玄関で何してくれとんのですか!」

「恋人を口説いているつもりだが」

「こいびと……たいちょの口から出ると、えらい破壊力ありますねソレ」

「時間切れだ。こんなに冷えてしまっては、引きずってでも連れていくぞ」

「だーもーめんどくさいわー。そんなら俺もうなーんもしませんから。浸かるだけで後はなーもしません」

「構わないぞ。俺が隅々まで洗ってやろう」

「嘘です。撤回します。隊長の手を煩わせるなんてとんでもないです」

「もう遅い」

 

 


[newpage]

 

 

[chapter:■沈む水の底]

 

 

 薄ぼんやりとした光が遮光カーテンの隙間から差し込んでいるのだろう。二の腕の一カ所だけがほんの少しだけ温かくて、嶋本はもぞりと身体を震わせた。
 いつ何時でも正確な体内時計は、起きるにはまだまだ早い時刻だと告げていて、そうでなくとも二人揃った非番の朝だ、未だ柔らかい毛布の感触に甘えていても赦される筈だった。

 意識が覚醒する前のほんの僅か、瞼を開けぬままに思考だけが取り留めなく泳ぐ一時は、まるでゆっくりと水底に沈んでいく時のような錯覚をもたらす。

 ゆらゆらと、でもふわふわと、このまま肌をなぜる温もりと沈んでしまえたら───どんなにか

 ───あの時は赦されなかった、奥処まで、このまま

「………ま。…しまもと」
「…たいちょ?」
「…起きているんだろう? そんな顔で眠るな」
「どんなかお」
「………泣きそうな、辛そうな、幸せそうな。煽られそうだから、目を開けてくれ」

 そおや、抱き締められとる時と、おんなじ
 おんなじ、だから

「……煽られて、くれへんの?」

 二人でいるんだから、沈むのも二人がいい

「しまもと」
「ふふ、ふ」
 ──だいすきや、さなださん
「…後悔、するなよ」

 肌をまさぐる手が熱いのがうれしい。

 さらってしまって───あの水の底まで
 連れていって───あなたのいる深みまで

「…後悔、なんて」

 するわけない
 ふたりなら、そんなん

「は、ふ」

 いっぺんだって───ないんやで?

 

 

 

[newpage]

 


[chapter:■枕]

 

 

「いったたた…」
「どうしたの? 随分辛そうだけど、よければ診ましょうか?」
「あーいやええねん。ちょお寝違えてもただけや。さんきゅな」
「そう? いつもころころ寝返り打って寝てるのに、寝違えなんて珍しいね」
「…ちっとな」
「合わない枕は頚椎を傷めますし、一度専門店で作ってもらったら如何ですか? 安くはありませんが、値段分の効果はありますよ」
「まくら、なー」
「だから云ったろう、あの枕じゃお前には高すぎると」
「うっわ!」
「隊長」
「意地を張って慣れない枕に固執するからだ」
「たいちょおは黙っといてクダサイ」
「………」
「翌日に影響が出るようじゃそういう訳にもいかない。別に俺は構わないと云ったろう」
「たーいーちょーおー!」
「成程、昨夜は枕を変えて寝てたんですね」
「高嶺……あのな、これはな」
「自分に合った枕が一番ですよ。シマ」
「高嶺の云う通りだな。それに」
「!」
「俺も、この感触がないとイマイチよく眠れない」
「習慣は侮れませんからね」
「どちらかと云えば眠りは深い方なんだが、昨夜は落ち着かなくてな」
「………」
「シマ?」
「ちゃうねん! これは! ああもう離し!」
「こら、暴れるな」
「大丈夫だって、そんなの今更だから」
「今更?」
「あ」
「シマは気付いてなかったみたいだけど、しょっちゅう仮眠室で真田隊長が抱えてますもの。もう皆見慣れてますよ」
「はあ!?」
「………」
「たいちょお」
「バレてないとでも?」
「あのな、嶋本、あの時はたまたま」
「………」
「………」
「………しま?」
「…俺がええて云うまでお触り禁止!」
「待てシマ! それは」
「うっさい! たいちょなんか知らん! いてまえあほー!」
「シマ!」

 

「おやおや、シマは奥ゆかしいですね」
「高嶺……」
「そんな目で見なくとも、真田隊長の自業自得でしょう」
「だが」
「それに」
「?」
「シマは枕が違うと眠れないようですし、シマの筋肉痛を少し待っては如何です?」
「嶋本が辛いのは嫌だ。それに俺も眠れない」
トッキューが幼稚園と同じキャパしかないように聞こえますので慎んで下さい」
「幼稚園…」
「腕の中がスカスカして寂しいなら、抱き枕でも買っては?」
「それでは嶋本の匂いも温もりもしない」
「直截に申し上げると変質者ぽいですよ隊長」
「事実だ」
「どちらがですか」

「高嶺ぇ! 明日の合同訓練の打ち合わせするから早よ来いや!」

「ご指名ですのでちょっと行ってきます」
「俺が」

「たいちょなんて知らんわ! こっちくんなあほう!」

「……しま」
「だ、そうですよ。まぁ隊長もこれを機に、もう少し羞恥心をインストールして下さいね」
「たかみね…」

 

 


おわれ

【SSS-01】

 

 


[chapter:■001:晴れた日に■]


 晴れた日には、何をしようか?

 カーテン越しの日射しに眸を伏せながら、もう少しだけ、朝寝坊を決め込むのも気持ちいい。
 遅い朝御飯をバスケットに詰め込んで、庭の木陰でゆっくり頬張るのも悪くない。

 ショッピング?映画?ドライヴ? ───貴方は何処へ行きたい?

 ………それとも、
 折角の日射しが勿体無いと、貴方は家中のシーツやカバーをめくってゆくのかな?

 来客も来ない、何の予定もない、
 貴方だけが眸の前にいる休日のこんな晴れた日には。

 誰とも逢わず、何処へも行かず、

 貴方を抱き締め寝転んで、開け放った窓に揺れるカーテンを眺めていたい。

 ………煎れたてのコーヒー、立ち上る湯気越し、
 伸びた前髪の隙間から覗いてみれば。

 きょとんとした貌の貴方が素直に僕の言葉を待ってる。

 ……………さて、どうしようかな?

 

 

[newpage]

 

 

[chapter:■002:手■]


 眸の前に、差し出されている手が、あなたには見えていますか?


 大きな手や小さな手、しゃがみ込みうずくまるあなたの視線まで下げられた両手。
 一歩離れて、そっぽを向いて、………それでも、あなたへ向かって伸ばされた右手。
 掴んだあなたによろがぬよう、あらぬ方向へ視線を投げながらも、その足はしっかりと大地を踏み締め、備え。

 誰も、あなたを無理に立ち上がらせようとはしない。
 ……それは、あなたがそれを望まぬ事を知っているから。
 ………そして、あなたが自分自身の意志と力で立ち上がれる事を信じているから。

 だから、

 立ち上がろうとしたあなたがふと廻りを見回した時、
 樹木のように、岩のように、───ただ在るがままの物となって、あなたの支えとなる為に、
 何も云わず、何も聞かず、──────黙ってその手を差し伸べる。

 どんなに滅茶苦茶で、みっともなくったって構わない。ただあなたがあなた自身であればいいと、
 願う事は、それ以上でもなく、それ以下でもなく。

 今は泣いていても、やがて自分で涙を拭い、
 自らの意志でその歩みを決める、その強さを僕らは知ってる。

 揺るぎなく惑いない、その眸の強さと煌めきを。


「……………どうした?悟飯」
「ピッコロさん」

「ああ………TVか。これは……10年前の地震か?」
「そうです。……………あれからもう10年も経ったんですよ」

「………もう10年、か……………」
 丁度悟飯の座るソファの向かいにあるTV画面にはかつての大火が映し出されていた。闇の中、密集した街並を舐めるように広がったオレンジの焔。倒壊した建物のすぐ横で、身一つで逃げ延びた老人が惚けた貌で瓦礫を眺めている。
「悟飯?」
 慰めるよう、背後から黒髪を掻き回した手を、悟飯は黙って引き寄せる。

 ──────「死にたいのなら何時でも」と悪態を吐きながら、この手は僕の生命を拾い上げた。

「あの日、組織された軍より早く、あちこちから沢山の人々がその手を差し伸べた。損得じゃなく、誰かの指示でもなく、ただ助けになりたくて。………僕らは学んだ筈だった」
「何も持たなくとも、例え身一つだって、ただその場に居て手を差し伸べる事だけで出来る事がある事を。誰かの救いになれる事を」
「これから出逢う大切な誰かの笑顔を取り戻せる事を、僕らは確かに学んだ筈だった」

「悟飯」

「………知ってる?ピッコロさん。………この前の南方諸島の津波の時にね、ある島では、誰より早く来て助けてくれたのはテロリストだったんだって」
「………………………そうか」
「自国の軍隊より早く、国連軍より早く、テロリスト同志のネットワークで津波を知って、発生の20分後には既に救助のメンバーが来てくれたんだって」
「……………そうか、早いな」
「例えテロリストだって誰かの為に、我が手我が身を差し伸べる。………そして次の日には別の場所で引金の引き方を子供に教えてる。理想の為に、敵を殺せと」
「…………悟飯」
「………僕らは学んだ筈だ。今の時代だけじゃなく、連綿と続く歴史の中で、確かに差し伸べる手の意味を、差し伸べられる手の暖かさを、確かに学んだ筈なんだ。それなのに」

「……悟飯、もういいから」
 握られた右手をそのままに、残る左手で背もたれ越し悟飯の頭を抱え込む。微かに震えるくせのある黒髪。
 目許を覆った手の平に感じる熱い感触。

「……………どうして戦争がまだ終らないんだろう………、どうして誰かに差し伸べたその手で、誰かの笑顔を奪うんだろうね……………」
「…………………悟飯、もう」


 ピッコロの胸に黒髪を預けたまま、悟飯は掴んだその手を強く強く握りしめた。
 ………幼き日、昔話に聞いた魔王の所業、そして、自分を鍛え、守り、助けてくれた唯一の。

 ────────それは、確かに変わらなく差し伸べられている手であって。

 

 

 

[newpage]

 

 

[chapter:■003:風の吹く場所■]


 渺々と、乾いた風だけが薄茶色の地肌を浚ってゆく。

 何もかもが破壊され、塵と化し、
 もはや砂しか舞わぬ荒野の果てに、ふわり、と長身の影が舞い降りた。


 「………××××××………………」


 固まりかけた血でごわつく髪を無造作に風に投げ、未だ癒えぬ傷に砂が凶器と化すのにも構わず。
 時折ふらつきながらも惑いない足取りで男は歩いた。ぱたり、ぱたりと赤黒く小さ過ぎる足跡を連ねて。


 「………××××××………………」


 何も無い荒野。崩れた岩肌には一片の緑すら見受ける事は叶わず。


 ──────其処は、かつての男の修行地であった。

 生きるという事を学んだ。強さという事を学んだ。力というものを学んだ。───そして自分が自分である事。
 ただ一人誰かを大切に想う事を知って、大切な誰かを、──失う事を刻み。

 
 「………××××××………………」

 ……………もう、いいでしょう?………それとも………まだ、甘いって怒鳴るのかな………?


 覚めない悪夢のように続く人造人間との戦いに死を覚悟した。
 死ぬ事は怖くなかった。解放される喜びすらあった。振りかざされる手刀に緑色の夢さえも見える。
 けれどふと気がついた。

 ─────ココデハ、シニタクナイ。
 ──────ボクノシニバショハ、ココ、ジャナイ。

 ………どうやってその場を逃れたかだなんて覚えちゃいない。


 男にしか見分けのつかぬその場所へ辿り着くと、男はゆっくりと膝まづき、そうして、乾いた大地へ額を擦り付けた。
 ──────至福の笑みを浮かべ、………まるで、甘えるかのように。

 水に沈むかのように落ちてゆく意識の中で、吹き荒ぶ風だけがかつての彼の人の声を運んだ。

 『………×××××××、×××………………』

 幼かったあの日々、どれだけ辛く厳しい修行にも耐えられた。
 ───耐えてみせた。その言葉が聞きたくて。

 不器用な彼の人が見せた、とても小さな感情の発露。


 「………××××××………………」


 男は夢見る。かつて失った彼の人の背。

 男の小さな教え子がその姿を見つけ呼び起こすまで、
 それは、男にとって何より倖せな逢瀬に違い無く。

 「………××××××………………」


 横たわる男を守るかのよう、渦巻く風が、またひとつ渺と哭いた。

 

 

 


[newpage]

 

 

[chapter:■005:綺麗なもの■]

 

 綺麗なものを見に行こう、あなたと。


 太陽が昇る直前の朝の一瞬。
 静かに貌を起こす名も無き花、光を照り返す朝露。
 重なる雲の隙間から、カーテンの様に光が零れて溢れて。


 あなたに見せてあげたい、綺麗なものを、たくさんのものを。
 綺麗なものが見たい、あなたと一緒に、眸が廻るまで。


 キラキラと乱反射する色とりどりのガラス玉。
 小さく音を立てて立ち上がるペリエの気泡。


 夜明け前からホームを出発。
 こんな時だけ早起きをして、バスケット一杯にオープンサンド詰めて、
 寝ぼけ眼のあなたの手を引いて、「さぁ行きましょう!」と助手席に押し込んだ。

 『いきなり何だ?! 』……なんて、不機嫌なふりをしたって駄目。
 バケットもレタスもハムもチーズも、………僕は準備してなかったよ?
 ………………嗚呼ほらそっぽ向かないで、怒ってるふりでもいいからちゃんと貌を見せて?


 波打つ鏡のように風景を映し込む湖面。
 柔らかい風にざわりと揺れる木々の若葉、踏み締める地面がクッションのよう。

 お土産にと買い込んだ万華鏡は、
 ………結局気に入ってしまって、プレゼント出来なくなってしまった。


 綺麗なものを見に行こう。
 日々の時間の中で見過ごしてしまった大切なものを。たくさんのものを。


 清水で洗ったラズベリーの深紅。
 屈み込むあなたの背に落ちる木漏れ日。

 水平線に沈む夕日、オレンジ色に染まる空、蒼く透き通る空気、ゆっくりと瞬き始めるシリウス
 あなたに見せてあげたい。あなたと一緒に見たい。………首が痛くなるまで、ソラを見上げて。

 言葉も無く眸を丸くする、あなたの貌を見ていたくて、
 古く寂れた神殿に祈るお願いは内緒。


 綺麗なものを見に行こう。あなたと二人で。………あなたと一緒に。


 静まり返る夜にヘッドライトの光だけが伸びてゆく。
 助手席で眠るあなた、ハンドルを握る僕。
 見せたかったたくさんのものを、僕は幾つあなたに見せてあげられただろう?

 小さなライトにけぶるあなたの横顔。伏せられた眸。微かな吐息。
 僕の見たかった綺麗なものは、今もこうして隣にあるけれど。

 

 


[newpage]

 

 

[chapter:■006:笑顔■]


 ………信じてもらえるだろうか?
 倖せでいて欲しいだけなのだと。笑っていて欲しいだけなのだと。

 ……………ただ、お前の笑顔が見られればそれだけでいいのだと。それが例え誰の隣であろうとも。


 ………信じてくれているのかな? ちゃんと、本当に、解ってくれて、いるのかな? あなた。
 倖せにしたい。そうして、倖せになりたい。
 あなたに赦されて、あなたの隣に居られる事が、僕を何よりも倖せにするのに。
 どうしてあなた、誰より倖せな僕を見て、そんな哀しそうな貌をするのかな。
 「無理をするな」 ………だなんて。

 ………やっぱりあなた、ちゃんと解ってないでしょう。


 ……………大切なんだとは、思う。それは解っている。でなければ、生命を賭けて守ったりはしない。
 子犬のように小さくて、泣いてばかりだった幼子は、やがて、迷わず語り掛ける少年となり、
 ………優しく笑う、青年となった。
 ……………「大好き」なのだと、口癖のように飽きもせず繰り返して、笑い。


 「大好き」で「大事」で「大切」なのだ。───何よりも、誰よりも。
 ぶっきらぼうな口調の影の、「優しい」あなたをもう僕は見つけてしまったから。
 ───本当、は。「優し」くて「寂しがり」で「臆病」で。
 一番奥の、一番素直なあなたを何時だって抱き締めたい。
 ………………もう、知ってるし。だってあなた、僕が好きでしょう? 好きだよね?


 笑顔を見ていたい。何時だって笑っていてほしい。
 ─────願うのは、本当にそれだけ。

 多分気付いちゃいないでしょう。
 時々あなた、とても優しい貌で僕を見てる。
 指摘したらきっと、ムキになって否定するだろうから、敢えて知らないふりをしてあげるけど。
 とても優しい貌で微笑うあなた。誰にも教えてあげない。教えられない。


 俺の隣でずっと笑っているコイツは、一体何が楽しくて嬉しいのやら。

 他のひとの前でなんて笑わなくてもいいから、僕にだけ笑って? ………なんて。

 つい都合の良い事を考えてしまいそうになる。何時から自分はこんなに弱くなったのか。

 にっこり笑って御願いしたなら、あなたはどんな貌をするだろう?

 最近溜息ばかり吐いている気がする。

 解ってはいるんだけど、ね。


 ───「笑顔」が見たい。たったそれだけ。
 ─────笑っていてほしい。それだけが望み。


 見えない糸を手繰り寄せて、まだあなたにはその先が見えてはいないみたいだけど。

 僕にはちゃんと見えているから、
 ………安心して、あなたの傍で笑っていられる。


 ──────早く早く、気付いてくれたらいいのに。

 ………また悟飯が笑っている。………本当に何が楽しいんだか、俺には解らない事ばかりだ。

 

 

 

 

 

【indulge】

 

 

 

 

「デートしましょう」

 

 

 二週間ぶりの休日だった。
 スタッフが次々とインフルエンザで倒れる中での研究は当然ながら人手不足で、此処暫くは研究室にこもりっきりだった。たまに帰るのは着替えを取りに行く程度の時間で、それも真夜中、起こさないよう眠る恋人の寝顔を覗くのは精一杯。

 あなたの作った食事を一緒に食べたかった。
 あなたの温もりに触れながら眠りたかった。
 その薄い唇に口付けを落として、
 すべらかな肌を艶やかしくおののかせたかった。

 けれど、
 スタッフの誰もが一生懸命頑張っている夢の結果を
 諦める訳にはいかなかったし
 諦めたくもなかったから

 あなたに逢えない時間を
 あなたへの気持ちを囁きながら耐えた。

 

 

 二週間ぶりの休日だった。

 忙しいと云っても、何時もは日付の変わらぬ前に自分を抱き締める恋人は
 此処数日は毎日が午前様で、休めないのかと訊きたくても、本人にも譲れないものがあるのはその眸を見れば解ったから。
 せめてと僅かな逢瀬に出来る限りの手料理を持たせた。
 余計な心配を増やさぬよう、平気なふりをして出て行くあいつを素っ気なく見送った。

 目の前で珈琲を飲む時の優しい笑顔が見たかった。
 一人で過ごす部屋は毎日にほとんど変化もなくて、
 持て余した時間に気付かぬよう、ただ高い空だけを見上げた。
 空気が何層にも積み重なり、時間が足跡を残すかさついた音を、ただ黙って聞いていた。

 自分の事などどうとでも構わなかったけれど、
 この身が損なわれる事を誰よりあいつが悲しむ事を知っていたから
 そんなカオを、一番させたくないと思ったから
 願っているから

 静かに寝室のドアが開かれる気配に
 黙って瞼を閉じ続けた。

 

 

 研究もようやく一区切りついて
 休んでいたスタッフも復帰して
 文字通り待ちに待った休日を
 あなたと過ごさないなんて嘘だ

 こんな良いお天気なんだから
 たくさんのあなたのカオを見せて
 と、云うか僕が見たいんだ

 

 

 終わったよ、と
 あいつが帰って来たのはやっぱり日付が変わった後で

 珍しく揺り起こして口付けを強請られながら
 明日はお休みなんですと寝惚けた声で呟いていた

 それならば、一日中でもゆっくり眠らせて
 自分はその寝顔でも眺めて過ごそうかと思っていたのに

 

 

 嬉しそうなカオをしていないね
 知ってますよ

 優しいあなたはきっと
 僕に休ませようとか眠らせようとか考えてる
 でもね、でも

 

 

 ああいうカオは一番質が悪い
 にこにこと笑いながら自分の我侭を通す時のカオだ
 オレだってお前と一緒にいたいけど、
 疲れてない筈なのも知ってるから、今日くらいは休ませてやりたい
 お前が大事だって気持ちも、もうオレの中にちゃんとあるんだ

 

 

 夢の中のあなたよりも
 陽光の中のあなたが見たいよ
 真っ暗な部屋で伸ばした指先が
 あなたの熱を探せないのはもう厭なんだ

 

 

 腫れぼったい目元よりも
 少し痩せてしまった頬よりも
 元気に笑うお前が見たいんだ
 何かを我慢しているようなカオはもうさせたくないんだ

 

 

 だから

 キスをしよう
 あなたの熱に触れたくて堪らないんだ

 

 

 それなら

 キスをしたら
 お前は笑ってくれるだろうか?
 お前がこの行為を好んでいるのは知っているから

 

 

 引き寄せる為触れた手の平から
 伝わるあなたがぞくぞくする程気持ちがいい
 もっとだ、もっと

 

 

 掴まれた腕が熱い
 撫で上げられた腰にざわりと何かが奔った気がした

 このままキスされるんだろうか
 キスさせたらお前は笑ってくれるんだろうか

 違う

 オレがキスしたいんだ
 オレが笑って欲しいんだ、お前に

 

 

 珍しい
 逃げようとしないね
 ナニ考えてるの?
 ナニを考えてても、もう逃がしてはあげられないけど

 

 

 ほら

 

 

 何度交わしても、初めての時のように甘いキスを
 何度交わしても、冷めることのない熱いキスを

 溺れるひとのように吐息を重ねて
 隠れたがっているふりをする天の邪鬼な舌先を追って

 心臓が破裂しそう
 ドキドキを早鐘を打つリズムはどちらから?

 目眩がしそう
 触れ合った熱が愛し過ぎて

 キスをしたいのも、されたいのも
 僕で、お前で、オレで、あなたで

 

 

 デートは次のお休みにしてもいいよ

 それよりも、ほら

 愛しさの海で、キスをしたまま
 このまま二人で、沈んでしまおう

 ああ

 あなたから
 お前から

 

 

 密やかに、水の音がするね

 

 

 

【朝の風景】

 

 

 

 

 

 カーテンの隙間から差し込む朝日が、閉じた瞼越しに沈んだ意識をゆっくりとノックした。
 浮かび上がる意識より早く、腕が肩口に掛かる重みを確認し、毛布を引き寄せ抱き締める。

 ─────────その『至福』

 寝起きの悪い自分と違い、普段夜明けと共に起き出す彼の人は、
 悟飯の休日、日曜日の朝だけはこうして無垢な寝顔を見せてくれる。

 ─────────その『喜び』

 想いが通じ、…………肌を合わせて、
 黒髪の優しい眸をした青年が、彼の大事な大事な「恋人」に触れぬ夜などないけれど。

「触りたい」「キスしたい」「抱き締めたい」
 想いのままのお願いは、
「お前は明日の朝も早いんだろうが」
 と、生真面目でしっかり者の「恋人」に困った貌で諭されれば、
 彼の人を『師』と仰いだかつて、無理強い出来る筈もなく。

 ────そうして出来た、暗黙のルール。
 ──────休日前夜だけは、腕の中から逃げない「恋人」

 伝う汗と、押し殺した嬌声。甘い吐息と、食い込む爪の痛み。
 眸の眩むような、熱、熱、熱──────。

 快楽にまるで耐性の無い身体を持つ「恋人」は、
 休日の朝だけは、優しい腕に捕われた身体を預けて未だ眠りの縁をたゆたう。
 横向きに青年の肩に頭を預けて眠る「恋人」の、気負いなく握られた指を開いて、
 紫水晶を思わせる紫紺の爪先にくちづけても反応は無いまま。
 そのまましなやかな指のあわいにまで舌を滑らせた時、翡翠の肌が小さくひくり、身じろぎを返した。

「──────眸が覚めた………?」
「……………………」
「お早うございます、ピッコロさん。良く眠っていましたね」

 ゆっくりと瞼が上がり、深紅の瞳が徐々に焦点を合わせ、自分を真直ぐに見つめる───。


 ─────────その例えようもない『倖せ』

 

 

 

[newpage]

 

 

 

 

 ─────何時もの平日の朝。

 ドア越しに漂って来る美味しそうな匂いが鼻孔をくすぐり、
 そろそろ起きなきゃかな……? なんて思っていれば、
 大概そんな頃に控えめなノックの音が耳朶を打つ。コンコン。

「ほらもう時間だぞ。さっさと起きて支度をせんか」
 エプロン姿のままで部屋のカーテンを開けるピッコロさんの姿は何とも平和そのもので。

 ─────貌を見る度、声を聞く度、………その肌に触れる度。
 今在る光景に感謝する。運命を紡いだ『誰か』に。

 もうすっかり意識は覚醒しているけれど、ほんの少し甘えてみたくて。
 横たわったまま、ちょっと持久戦。

「瞼が開きません、ピッコロさん」
「何を馬鹿な事云ってやがる。さっき開いてただろうが。ほら、起きろ」
「起こして下さい。でないと起きられません」
「朝っぱらからふざけてる場合か! 悟飯!」

 戦いの最前線からは退いたとはいえ、やはり其処は鍛えた戦士である彼の人の事、
 片手一本で半身を引っ張り起こされてしまう。

「ほらいい加減眸を覚ませ」

 ベッドがほんの少しだけ傾いで、貴方の吐息を間近に感じる。
 眸を閉じていたって、貴方の事なら何だって解る。
「悟飯?」
 中々眸を開かない僕に、仕方の無い奴だとか思ってるんだろうなぁ。
「悟飯」
「お早うのキス、して下さい。でないと眸が覚めません」
「悟飯ッ?!!」

 立ち退こうとした「恋人」の腕を掴んで抱き寄せる。
 往生際悪く暴れてみた処で、パワーじゃ僕が優ってる事は貴方だって解ってるよね?

 大人しくなったピッコロさんの首筋に貌を埋めれば、
 ふわりと漂うバターと珈琲の匂い。

 暫くしなやかな感触を堪能させてもらった後、
 そろそろ解放してあげなきゃ本当に機嫌を損ねてしまうと抱き締める腕を緩めた途端、
 唇にそっと、小さな感触が掠めた。

「ピッコロさん?!」
「─────眸が覚めたなこのクソガキッ!」

 瞬間眸を開けたまま呆然としてしまった僕の頭を一つ殴った「恋人」は、
 そのままするりと腕の中から抜け出して真直ぐドアへ向かってしまう。

「折角作ったのに冷めちまうだろうが! 後一分で支度しろよ!」


不機嫌そうな声で怒鳴っても、ねぇ、耳、下がってますよ?

 

 

 

 

[newpage]

 

 

 

 

 もう風が冷たいからと、先日悟飯が取り替えたばかりの厚手の深緑の遮光カーテンの隙間から、細く細く光が差し込む。
 秋の澄んだ空気の中、何も無い荒野の果てにも変わり無く太陽が昇る気配に、すぅ、とピッコロの意識は覚醒した。

 ───朝、か………。

 目覚ましなど掛けなくても、通常ピッコロは夜明けと共に眸が覚める。
 ナメック星人としての身体が余り睡眠を必要としないのか、よっぽどの事が無ければそれ以上身体が睡眠を要求する事はない。
 もともと無為無意味な時間を過ごす事が苦手なピッコロの事、ベッドにそれ程未練がある訳でもなく、───だが。

 頬に感じる体温にゆっくり瞼を上げれば、薄明るい視界を被うのは悟飯の寝巻きのライトグリーン。

 ………ああそうか、昨夜は悟飯のベッドで眠ったんだった………。

 右腕を恋人の枕に差し出し、残る左腕で横抱きにその身体を抱き締めて。
 未だ眠りの国の住人でいる青年は、すうすうと穏やかな寝息をたてて眠っている。

 ───眠っている貌は、昔とあまり変わらんな………。

 ただ素直に、穏やかな性根のままに熟睡を享受する青年は、彼が幼き少年だった頃からピッコロが見てきた面影をそのままに残していた。

 ───涙を浮かべて自分に誰だと尋ねた幼子は、その優しさ強さを失わぬまま、目眩がするような鮮やかさで今自分を抱き締めて眠る青年に成長した。
 昔から変わる事なく『大好き』と呪文のように唱え続けて、本当に何か不思議な力でも込められていたのか、
 紆余曲折ありながらも、結局この優しい腕の中に堕ちてしまった。

 ────────逃げられる筈も、無かった。

 昨夜とて、明方は冷え込むから──と、手を取り抱きすくめられれば、もう自分に逃げ道は無くて。
 何を云ってる、それなら暖房でもと云い募る自分を、いつもと同じ、優しい笑顔で封じ込めて、

 ───僕が、寒くて、あなたに、暖めてほしいんですよ──。……大丈夫、心配しなくても何もしないから───。

 どこまでも優しく、けれど揺るぎない強さで自分を抱き締め眸を閉じた悟飯に、いつもいつも溜息一つで負けを喫してしまうのは自分。
 朝食と昼の弁当を作らなければ、今日のメインは何にしよう………と、
 何とも微温湯じみた事を習慣として考えている自分に気付かないふりをしながら、自らを拘束する腕を手に取った。
 ナメック星人の自分より遥かに高い体温を持つ躯から熱が染み渡るようで、まるで痛いような熱いような不思議な感覚が触れた指先からゆっくりと訪れる。
 未だ眠り続ける悟飯を起こさないようにそぉっと身体を抜きながら、不本意ながらも感じてしまうのはどうしようもない名残惜しさ。
 ───いつの間に自分はこの腕から逃れる事を望まなくなったのか。
 ──たった一人、この腕から逃れる事にどうしてこうも胸が締め付けられるような気持ちにさせられるのか。

「────────悟飯?」

 名前を呼んでみても、いつものような応えはない。
 ………無理もない。連日の残業や休日出勤で、此処最近の悟飯は端から見ても過労でともすればどうかなってしまいそうな位だったのだ。
 柔らかな眠りの女神の膝の感触をどれだけ甘受している事か。

「………悟飯」

 もう一度、何かを確かめるように小さく名前を呟いて、半身を起こしたまま、ピッコロは静かに眸を伏せた。
 眠りに落ちる間際、抱き締められ喰まれた首筋がちりりと疼いて。

 ─────大丈夫、心配しなくても何もしないから──────。


 ────本当、は。

 心配などしていない、と云ったらどんな貌をするだろうか。
 悟飯がしたいと望む事に、厭な事など何一つ無いと、───『望まれる事』が、『望む事』なのだと。
 ──────そう、云ったなら。

 悟飯が魔法を掛けるまで、この心には戦いと憎しみしかなかったから。
 ───勝つか、負けるか。生きるか、死ぬか。
 ─────生き延びる為に、唯ひたすらに強くなる事を目指した。
 強くなる事、たった一つそれだけを見つめて。

 ───『寂しい』という事が、どんな事かも解らぬままに。


 眠る青年を起こさぬようそっと、触れるだけのキスを落として。

 静かに一筋、訳もなく涙が流れた。

 

 

 

 

[newpage]

 

 

 

 

「悟飯、朝だぞ? 起きられるか?」

 ピッコロさんの声に意識が呼び起こされるのと同時、頭の芯にまるで間近で鐘を連打されるかのような重い痛みが走った。
「───ッ!!  いったぁあ〜………ッ!」
 ベッドに半身を起こしても、そのまま突っ伏して起きあがれない。
 何より頭が上げられない。

 えと………? 一体どうしたんだっけ………?

 布団に臥したまま悶絶している僕の耳に、上から呆れ返った声が降りて来る。
「………………やっぱり二日酔いを起こしてるな。
 だからあれ程酒はほどほどにしとけと云っただろうが。………全く」

 ………………思い出した。
 昨日はブリーフ博士の結婚記念日でブルマさん宅に御呼ばれだったんだっけ………。
 ヤムチャさん達とかクリリンさん達も皆呼ばれてて、
 特別だからねってブルマさんが取り寄せたお酒がめちゃくちゃ美味しくて……………。
 ……………どうやって家に帰って来たんだろう?、僕。
 きっと又ピッコロさんに迷惑掛けちゃったんだろうなぁ………。

「蔵出しだか大吟上だか、幾ら旨い酒だか知らんが、
普段ビールの一本で充分なお前が日本酒を一升近く呑んで無事で済む訳ないだろうが。
……ああほら、ゆっくり頭を上にあげろ」

 ………………そうですね。僕も今はそう思ってます。反省してます。

 ぶっきらぼうな口調とは裏腹に、後頭部をそっと支えてくれるピッコロさんの気は優しい。
 額に当てられた手は僕らより少し体温が低くて、ひんやりと乾いた感触にほうと溜息が漏れる。

「少しでもいいから飲めるか?」
 熱いぞと前置きされた後、手渡されたのはお味噌汁。
 ジャガイモとか玉葱とか菜っ葉とか具沢山に入ってて、でもピッコロさんが朝に和食を作るだなんて珍しい。
「ピッコロさん?」
「二日酔いには水分をたくさん摂って血中アルコールを下げる事も大事だそうだが、味噌汁なんかも効果的だそうだ。
………どうせ朝飯なんか喰える気分じゃないんだろう?」
「………………詳しいですね。何時の間に?」
 熱いお味噌汁を啜りながらちょろりと見上げた恋人は、何時もと同じで、醜態を晒した僕に只呆れてるだけと云った風情。
「………昨夜の内にブルマから聞いておいた。絶対こうなると思ったからな」
「ありがとうございま………嗚呼ッ! 大学!ちっ遅刻………ッて、いっ痛ーッ!!」
「大学にはもう連絡した! 今日は休みもらったから一日寝てろ」
「えぇええええええッ?!!  ピッコロさんが? 大学に? 連絡?!」
「番号は解ってたからな。孫悟飯の家の者だと云ったら、何とか教授まで取次いでくれたぞ?今日は来なくても何とかするそうだ」
「………………………………」
「………何だ? 不味かったか?」
「いえ、………ありがとうございます」

 僕が『ピッコロさん』にべた惚れで、写真一枚見せないその人と一緒に暮らしてる事は大学中に知れ渡っている事実だ。
 ………明日はきっと朝から質問責めだなきっと。

 ──────でも。
「ピッコロさん、大学に電話した時名前名乗ったんですか?」
「いや、俺の名なんか名乗った処で意味無いからな、だから『孫悟飯の家の者』だと………」
「それって、『家族です』って事ですよね?」
「ん? ──────ッ!」
ワンテンポ遅れて、ピッコロさんの貌が耳まで染まる。
「僕の『家族』として連絡してくれたんだよね?」
「煩いこの酔っぱらい!それ飲んでさっさと寝ちまえ!」
「ピッコロさんてばそんな照れなくても」
「煩い煩い煩──いッ!」

 酔っぱらって二日酔い起こしてたのは確かに僕だけど、
 気付いてます? ピッコロさん。貴方の方が、今、綺麗に貌真っ赤なんだけど。

 

 

 


[newpage]

 

 

 

 

「………よし! 行くぞ! 悟天!」
「トランクスく〜ん! ホントにやるの〜?」
「あったり前だろ! あの真面目な悟飯さんがきっと休みの日はだらしな〜く寝てんだぜきっと! ママからカメラも借りて来た事だし!」
「トランクスくんのママはいいって云ったんだ!」
「いいも何もエアカーで此処まで送ってくれたじゃんか。気で見つからないようにって!」
「そっかー! じゃあいいんだね! 大人がいいって云ったんだもんね!」
「早く行こうぜ。悟飯さん達が起きちまう」
「兄ちゃん達の寝起きどっきり〜v」

「………誰の寝起きどっきりだって?」

「──────ッ!!! 」×2
「……………ん?」
「に、ににに兄ちゃ………!」
「お、お早うございます悟飯さんこんな処で偶然ですね………」
「こんな早朝に人の家の勝手口で偶然じゃないだろ?トラ」
「だってトランクスくんのママが──ッ!」
「スト−ップ! 悟天、大声を出さないで。ピッコロさんが起きちゃうだろう?」
「え? ピッコロさんの方がまだ寝てんの………?」
「兄ちゃんの方が寝てると思ったのに………」

「こんな喧しくて眠っていられる訳ないだろうが」

「ひゃあピッコロさん! おはおはお早うございます………」
「ピッコロさんお早う〜!」
「すみませんピッコロさん。起こしてしまいましたか」
「別段構わん。………どうせ起きる処だったし。………さてトランクス。首謀者はお前だな?」
「小さい子供の無邪気な好奇心だよ?」
「ハロウィンとやらの時も偉い目に合わせてくれたよな………」
「そういえばそうでしたね………」
「トランクスくんだけが悪い訳じゃ……!」
「当たり前だ。二人とも明日学校が終ったら着替えて神殿まで来い。久し振りにみっちり修行を付けてやる」
「えぇええええええ───ッ!!!」
「良かったね二人とも」
「羨ましいなら替わったげるよ兄ちゃん!」
「そうだよ悟飯さん!」
「………………僕が修行を付けるよりピッコロさんの方が優しいと思うけど?」
「─────────ッ!」
「どうかしたか悟飯?」
「………何でもないですよ? な? 悟天? トランクス?」
「………………」
「………宜しくお願いします、ピッコロさん」
「何だ? 妙に素直だな。じゃあ今日はもう帰って良いぞ」
「はっはい! じゃあ帰るぞ! 悟天!」
「うん! そんじゃ兄ちゃんまたね───ッ!」

 

「本当にどうかしたのか? 悟飯。アイツら随分慌てていたようだが」
「………さぁ? 何か急用でも思い出したんじゃないですか? さ、ピッコロさん。少し早いですけど朝食にしましょうか?」

 

「………凄かったねトランクスくん………」
「ああ、全ッ然眸が笑ってなかったもんな悟飯さん」
「明日本当に行くの? こないだ買ったゲームまだ終ってないじゃん」
「馬ッ鹿悟天! 今は大人しくしといた方がいいって! でないとやっぱり悟飯さんなんて事になったらどうする!」
「そっそうだね! ………ああでもホント怖かった………!」
「あの笑顔が怖いんだよな………。よくピッコロさん一緒に暮らせるよな〜」