廃園

一次二次創作を含む世迷言です。何でも許せる方のみどうぞ。あくまで個人的な発言につき、転載、引用はお断り致します。

【僕と あなたと あなたと 僕と】

 

 

 

 世界が秋への衣替えを始めるこの季節、騒がしき人界では上期下期の切替の真っ最中で。
 悟飯の勤める大学では、世間一般で云う処の売上の締めだの商品の棚卸だのといった雑事とは無関係でいられるかと思ったが、やっぱり其処はそれ庶務の方から備品の在庫やら来期に予算申請する新規の研究やらの書類作成が山積みで、今日も今日とて悟飯が我が家に帰り着く頃には日もとうに暮れ、何時もならば玄関の外まで出迎えてくれる筈のピッコロの姿も無い。

 ──────最近忙しかったからな………………。

 これと云って、この時期皆が皆多忙を極めるのは別段悟飯の所為では無いのだけれど。
 未だ秋の始めとは云え、やはり明方や夜にはかなり気温が下がる。如何に寒さに強いナメック星人のピッコロと云えど、昨晩出迎えてくれた姿はやはり何処か寒そうで。心配ないと身を翻す彼の人の長い耳先がほんの少し血の気が引いているように見えて。

 ………思わず抱き締めて揺れる耳先に口付けたら思いっきり殴られたんだっけ………。
『───ッ!!!  いーからさっさとメシを喰っちまえ!』って。
 一緒に暮らし始めて未だ半年足らず。愛しいひとのガードは未だ鉄壁。
 僕の気持ちを受け入れてくれた筈の彼の人は、どうにも地球風の愛情表現に戸惑う部分が多いらしい。

 ただいま帰りました、と声を掛けてドアを開ければ、真直ぐ伸びる廊下の向こうから漂う甘い匂いが悟飯の鼻孔をくすぐった。

 ………バター独特のしっかりした匂いと、甘い玉葱の匂い。これは………! うきうきと浮かれてしまう僕の予想は多分外れちゃいない筈。

 そのまま突き当たり奥に続くドアを開ければ、リビングに連なる対面式キッチンで熱心に木べらを廻すピッコロさんが居た。
「───ただいま帰りました、ピッコロさん」
「ああ、お帰り悟飯。……悪かったな、出迎えもせんで」

 ───真直ぐ僕の眸を見て云ってくれたから、いいですよ? そんな事。

 キッチンに立つピッコロさんの本日の服装はシンプルな生成りのマオカラーの長衣に、胸元から被う紺色のカフェタイプのエプロン。胴衣を着ている時は腰丈からのエプロンしか付けないのに、僕がプレゼントした服を着ている時には決まって長いタイプのエプロンを身に付けてくれるのは、やっぱり汚さないように気を配ってくれているんだろうなぁと、そんな処にもピッコロさんの優しさと可愛さが垣間見えてしまって堪らなくなる。

「───オニオンスープですか?」
「うむ。………此処の処疲れているようだしな。朝に食べたいと云っていたろう? ………初めて作ったから美味いか不味いかよく解らんのだが………。……取り合えず前にTVで見た記憶に頼ってな。………どうだ? こんなモンか?」
「すっごく美味しそうです」

 ことことと煮込まれているオニオンスープはとても綺麗な飴色で、くるりとピッコロさんの手が廻る度に木べらに纏わり付く玉葱には焦付き一つ見えなくて。
「結構時間掛かったでしょう?玉葱を此処まで炒めるのは意外と大変ですものね。………ありがとうございます、ピッコロさん」
「………別に、大した手間じゃない。……………ほら、味見させるから、さっさと手を洗って着替えて来い」
「はい!………ああでも手は今すぐ洗いますから、まずは味見させて下さいよ。僕もうお腹ぺこぺこなんです!」
「………しょうのないヤツだな………」

 ……嘘じゃない。実際お昼にピッコロさんお手製のお弁当を戴いた後には珈琲しか口にしていない。
 家に帰れば誰より大好きなひとと、その手料理を戴けるっていうのに、どうして他のひとと何か食べなきゃいけないのか。………そんな暇があったなら、僕は一分一秒でも早く帰りたいのだから。大好きなピッコロさんの待つこの家に。

「………熱いから気を付けろよ」
 無表情のポーズで僕を気にしてくれながら小皿にスープを寄そうピッコロさんの耳先が、ほんの少し下がって赤いのは気の所為じゃない。

 初めて作った料理を僕に味見させる度に、ピッコロさんは物凄く恥ずかしそうな申し訳なさそうな貌をする。地球人やサイヤ人のような味覚を持たないこのひとには、火の通り具合や料理の色、匂いでしかその味を計る事が出来ないのだと以前聞いた事がある。………材料に毒が入っていない限り、火さえ通っていれば食べられるとは解っているんだが、………それしか解らんのだ、と。
 お世辞でも冗談でもなく、ピッコロさんの手料理なら例え生だろうが毒が入っていようが美味しく戴きますよ!と云ったら結構本気で頭を小突かれた。

 ─────それじゃ困る。不味かったら不味いとはっきり云え! ……云われなきゃ俺には判断付かんのだから────………。

 宣告通り熱くなっている小皿を落とさないように丁寧に受け取りながら、蘇った記憶に知らず笑みが溢れる。

 ………それじゃ困るってピッコロさんが食べる訳じゃないのにな。………自分には必要のない事なのに、僕に美味しいものを食べさせたいんだって、だから教えてもらわなきゃ困るんだって、………自分の云った事の意味を、このどこまでも不器用なひとはちゃんと解っているのかな………?

「………何がおかしい」
「いえ、何でもないです」

 戴きます、とピッコロさんに黙礼して、有難く小皿を口に運んだ。口内に広がるしっかりした玉葱の甘味………………って、それにしても甘い?!  何でこんなに甘いんだ? ………まるで何かのシロップのような強烈な甘味に思わず言葉を失う。
 眸を見開いたままの僕の反応に何かを察したのか、ピッコロさんが無表情に鍋の中身を流しに流そうとする。
「───うっわ! 何しようとしてんですか! ピッコロさん!」
「失敗してるんだろう? ──不味かったら、喰わなくていいから………」
「そういう問題じゃありませんッ!──ちゃんと戴きますよ。馬鹿な真似は止めて下さい勿体無い!」
「………玉葱以外にそう材料費なんて………今の時期安いし………」
「だぁからそぉゆぅ問題じゃ無いんですってば!」

 ───間一髪で鍋の奪還に成功した僕は、まだ納得がいってなさそうなピッコロさんから折角のオニオンスープを守るべく、僕の背後に位置するキッチンテーブルにそっと鍋を降ろした。

「………ピッコロさん」
「……………………」
「折角僕の為に長い時間を掛けて作ってくれたスープでしょう? どうして何にも聞かずに捨てちゃおうとするんですか」
「……………だが失敗してるんだろうが」
「失敗なんかしちゃいませんよ。……予想以上に甘くてちょっと吃驚しただけです。───もしかして、結構砂糖とか入れました?」
「………………入れた。………入れないもんだったのか?」
「………入れても、そんなに量は入れませんね。………玉葱からかなりの甘味が出ますから」
「───玉葱は辛いモンじゃなかったのか?」
「─────え?」
「こないだサラダに玉葱を入れた時、お前辛いって云ってたじゃないか。………だから、オニオンスープが喰いたいって聞いた時には何で辛いものをと思ったが、………疲れている時には甘いものが良いんだと前にブルマが云ってたから………………」
「………ピッコロさん……………」


 ───それは確かに先日の朝の事、朝食のサラダの中にたっぷりの玉葱が入っていて。
 どうやら新玉葱はサラダに美味しい、とか何とか母さんから聞いたらしく、『新玉葱』というのを『買ったばかりの玉葱』と判断し、そのままスライスもせず冷水に浸ける事もせずに乱切りでどーんとサラダボールに鎮座まします生の玉葱に、辛いものが苦手な僕は舌をピリピリさせながらもピッコロさんに説明した。

 ───玉葱は少し辛みがありますから、生で食べる時には薄くスライスして食べるといいんですよ───。


「………そうでしたね。……御免なさいピッコロさん、僕の説明が足りなかったんです」
「……………もう訳が解らん。二度と作らんからな」
「そんな事云わないで。─────あのね、ピッコロさん。───玉葱はね、火を通すと甘くなるんですよ───」
「──甘くなる? 辛かったのにか?」
「───そう。今日ピッコロさんが料理してくれたみたいに、ゆっくりゆっくり手間暇掛けて火を通してやれば、手を掛けた分だけ、どんどん甘くなるんです」
「……………面倒なものだな」
「──そうですか? 僕は大好きです。…………手を掛けた分だけしっかり甘味を返してくれるなんて最高じゃないですか」

 ほんの少しむくれたような貌をして僕の背後の鍋を睨み付けるピッコロさんは、僕が出逢った頃のピッコロさんと全く変わらない姿で、そして、あの頃とは随分変わった。

 鍋の縁に付いたスープを指で掬い取り、そのまま流しを背にして立つピッコロさんに距離を詰める。

 ───変えたのが、僕の存在だったらいいのに───。

 僕の気持ちなんかまるで解っちゃいない貌をして、きょとんと深紅の瞳を丸くしているピッコロさんの口元にそっとスープを擦り付け、そのままぺろりと嘗め取った。


「ほら………、ピッコロさんだって甘い」


 ───手を掛けた分だけどんどん甘くなる玉葱みたいに、何時かピッコロさんの心も甘く煮蕩けてくれたらいいのに───……。

 抱き締めた肩口に貌を埋めれば、まるであやすようにぽんぽんと頭を叩かれた。………珍しく鉄拳制裁も無いまま大人しく抱き締められてくれている恋人は、僕とは何もかも違う、それでもたった一人の大切なひと。

「……………もう子供じゃありませんよ?」
「───お前は何時迄たっても手の掛かるガキのまんまだろうが」
「───子供はこんな事しません──────」


 重ねる口付けに、ほんの少しづつ深くその吐息を搦め取りながら、このひとの中の僕は一体どんな存在なんだろう………と、小さくつきり、胸が傷んだ。